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鈍色の代筆

Kが公園を散歩していると、小さな女の子がめそめそ泣いている。大切なお人形を失くしたという。あまりにいたいけな様子を見かね、Kは白い嘘をつく。お人形さんは旅に出たんだよ、と。女の子はまだ字が読めない。そこでKは、さらに白い嘘を重ねる

「旅先からちゃんと手紙が届いてるんだ、このおじさんの家へ。お嬢ちゃんは字が読めないからって」
「そうなの? 見せて?」
「今日は家に置いてきちゃった。明日、持ってきて読んであげる」

その日から、毎日、Kは人形からの手紙を代筆する。三週間、Kがその街を離れるまで、ストーリーを紡ぐ。旅に出た理由、外の世界の素晴らしさ、新しい人達との出会い、そして結婚。それは、少女を納得させるに足る人生の賛歌 (成長小説) ではある。だが、赤子の手を捻るのと大差なく、代筆の内容にたいした意味はないのだ。白に白を重ねれば何色になるのか、一度ついてしまった嘘が次の嘘を呼び寄せる、そのからくりこそもっとも惨いのだ。最後の別れの日、Kは女の子に煤汚れた別の人形をプレゼントする。不実で、無慈悲な、それこそ大人のうっちゃりというものだ。「お人形さん、こんなに汚れちゃったね。でも、それが、長い旅に出ていた証拠だよ」。「これじゃない、私の人形」と女の子が言う。








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