【ショートショート】少子化問題と言われても

 夜。
 俺は、職場の同僚である沢木と居酒屋で酒を呑んでいた。
 歳が同じ29歳だからか、他の同僚たちよりも沢木とはよく話が合う。
 すると、沢木は……。

「ぶっちゃけて聞くけどさー。お前って、今、彼女居るの?」

 思わず、飲んでいたビールを吹き出した。

 ……。

 今年で30歳になる俺だが……。
 恥ずかしながら、彼女がいたことも、女性と付き合ったこともない……。
 それどころか、女性と一緒に歩いたことも、手を握ったことすらない……。
 母親以外の女性と仕事以外の話で1分以上、話したこともない……。

 そのことを沢木に伝えた。

「……てーことは、つまり、お前って、童てぃ……」

 なにかを言おうとした沢木の口を手で塞いだ。
 それだけは言うな。
 頼むから、言うんじゃない。

 だが、真実なので、沢木の口を塞いだところで、その真実からは避けられないし、その真実が変わることはない……。

 沢木の口から手を離した。

「いきなり、なにすんだよ、おめー!苦しいだろうが!」

 お前が『あの単語』を言おうとするからだろ……と、俺は言い返す。

「なんだ、図星だったのか……」

 沢木は憐れむような目で、俺を見つめる。
 殴っていいかな、こいつ?

「てかさー。お前、学生時代は、なにしてたわけ?女の子と喋ったり、遊んだりしなかったのかよー」

 グイグイ、痛いところを突くな、コイツ……。

 小学生の頃、仲の良かった女の子は居たには居たんだ……。
 だが、同じクラスのアホな男子共から「お前ら、付き合ってんのかよー!ヒュー!ヒュー!」とからかわれ、それが小学生の頃の俺にとってはなんだか恥ずかしくて、嫌だった。
 だから、ガキだった俺はその女の子を露骨に避けるようになり、その女の子も俺を避けるようになって、そのまま距離を置いたんだ……。

「ああー、居るよな……。そういうガキなヤツら……(小学生だけど)。そういうヤツらに限って、中学になると彼女とか作ってんだよなぁ……」

 ……確かに、そうだった。
 俺をからかったヤツら全員、中学になると彼女が出来ていた。
 思い出すだけでも、ムカついてくる……。

「まあ、でも、中学の頃って、女の子と付き合うチャンスなんていくらでもあったろ。お前、どうしてたんだよ?」

 ……。
 さっき話した仲の良かった女の子が、中学校で俺のことを「冷たい人」だと周囲に言いふらしたんで、女子どころか、男子からも距離を置かれ、中学時代は友達なんて居なかったな……。

「なんか、ごめん……」

 沢木は俺に謝った。
 謝るな!返って、なんか惨めになる!

「それで、中学の頃は、部活なにやってたんだよ?」

 ……。
 クトゥルフ神話研究会、かな……。
 あっ、さっき友達居ないと言ったが、二人だけ居た。
 津上くんと氷川くん。
 この二人、めちゃくちゃクトゥルフ神話に詳しくてさー。

「マジでごめん」

 沢木は頭を深く下げた。
 だから、謝るな!!
 楽しかったんだよ、クトゥルフ神話研究会!!津上くんと氷川くんとは、未だに連絡取ってるし!!二人とも、まだ独身だし!!

「お、お前、高校時代はどうしてた……?」

 なんだ、その『冷蔵庫に牛肉と卵があったから、今日はすき焼きだーと思っていたら、肉じゃがだった』みたいな顔は……。

 高校は男子校だった。
 部活は『ケルト神話研究会』と『ギリシャ神話研究会』を掛け持ちしてたなー。

 沢木は頭を抱えて、俺を見つめる。
 だから、なんだその、『冷蔵庫に豚肉と玉ねぎとじゃがいもがあったから、今日はカレーだー!と思っていたら、肉じゃがだった』みたいな顔は!?
 やめろ!その顔!その顔、やめろ!!

「大学は?」

 大学には行かず、自動車の専門学校に行ったよ。
 普通に。
 その専門学校では『メソポタミア神話研究会』に入って……。

 おい、なんだ。その『ラーメン屋に行って、ラーメンを頼んだら、ラーメンよりサイドメニューの肉じゃがの方が美味しかった』みたいな顔は!

「いやー……。なんつーか、そのさー……。合コンとかには行かなかったのかよ……。さすがに20過ぎたら、そういう誘いの一つや二つぐらいあっただろう……?」

 沢木はそう言う。

 ……。

 ゴーコンって、なんだ?
 もしかして、ギリシャ神話のゴルゴーンのことか?
 何故、今、ゴルゴーンの話を?

 沢木は、まるで『冷蔵庫に牛肉と玉ねぎとじゃがいもがあったんで、今日は肉じゃがか……と思っていたら、普通にカレーライスだった』みたいな顔をした。

 というか、人のことをいろいろ聞いておいて、お前の方はどうなんだよ!?
 どうせ、カワイイ彼女が居て、週3か、週5、あるいは毎晩よろしくやってんだろ、どーせ!!リア充め!!
 すると、沢木はこう言った……。

「……俺も、童貞なんだよ……」

 ……沢木のその言葉に、俺はもう、なにも言えなくなった……。

 現在の日本が抱える少子化問題……。
 この問題は一体どうすれば、解決できるのだろうか……。
 そう思いながら、無言で俺は沢木と乾杯をした。

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