マガジンのカバー画像

小説とか詩歌とか

36
幻視者になりたい。
運営しているクリエイター

#小説

【短編】サーカスナイト(前編)

【短編】サーカスナイト(前編)

前書き
このお話はグロテスクな描写を含みます。苦手な方はそっとページを閉じ、大丈夫な方はそのままお読みください。

広場が燃えていました。というのは少年の見間違いで、本当はまっ赤な天幕がぽつねんと、さびれた広場にはられていたのでした。

移動式のサーカス団がやってきたのです。

少年はチケットの列にならび、期待に胸をふくらませながら席につきました。天幕のなかはひんやりとした空気に包まれています。や

もっとみる
【短編】サーカスナイト(後編)

【短編】サーカスナイト(後編)

前編はこちらです↓

すべてが硝子でできた美しい街や、まぼろしの鳥たちがすむ植物園のような街、要らなくなったおもちゃの集まる街や、いつまでも夜が明けない街……人魚の少女が訪れた街の数々を、少年は心を踊らせながら聞いていました。

「うらやましいな。僕はここから出たことがないからさ」

「出ようとはおもわないの?」

「きみが来るまで、考えたこともなかったんだ」

「じゃあ、今は? 出たいとおもう?

もっとみる
【短編】エツコさん

【短編】エツコさん

中学時代、霊感のある友達がいた。彼女とはクラスも部活も一緒で、おまけに私と同じ塾に通っていた。一緒に帰ることも多くて、歩きながら彼女は、こういう幽霊がいたよって私に話してくれたり、この道はあれが出るようになったから嫌だって言って遠回りしたり、なんとなくその日、私に憑いているひとを教えてくれたり。いまでは嘘だあって思うけど、当時の私はけっこうのほほんとしてたので、全く疑うことなく彼女にしか見えない世

もっとみる
【短編】記念すべき日

【短編】記念すべき日

われわれ地球人とシュハヤン星人は、永きにわたり争いをつづけてきた。あるときは侵略のかたちをとり、あるときは資源の強奪のために攻め入り、あるときは他の星同士の争いに巻き込まれながら互いを傷つけあった。
何のための戦争なのか。今は誰ひとり思い出すことができない。われわれは歯止めの効かない、形だけの戦いに明け暮れていた。

「これでは互いに疲弊してしまうだけだ」

そう持ちかけたのはシュハヤンの星を統治

もっとみる
行き場のない短文たち(まぜこぜ)

行き場のない短文たち(まぜこぜ)

01.

夢の中でいつも訪れる喫茶店があって「あ、今日誰もいないんだ」って窓際の席に腰かけたら、目の前に昔好きだったひとが笑っていて「え、いつ帰ってきたの?」って私が訊く前に、その人は「ずっと此処にいたよ。ずっとずっといるよ」って、ずっとずっと喋っているから、なんかおかしいと思って、そしたら、その人、機械だったみたい。「もしかして初めて会ったときから? 」なんて考えてるうちに、その人は珈琲も注文し

もっとみる
【短歌】私はここです

【短歌】私はここです

雨粒にうたれて跳ねるあれはそうハープになれず揺れている糸

ベッドから起きあがるとき柩から起きあがるのをちょっと感じる

病室で誰かが死んだ音がするとても静かにナースが吐く息

凍るって苦しいだろう胸もとにドライアイスを置かれる罰は

広大なネモフィラ畑のような火に身体はそっと燃えてってほしい

世界中こうもり傘の夜のなかおやすみだれか私はここです

【短編】人魚の白粉

【短編】人魚の白粉

 僕はいちごが敷きつめられたタルトを指さした。「これが良いんじゃない」と振り返ったけれど、さっきまで一緒だった母さんがいなかった。ほかの菓子を見に行ってしまったのだろうか。僕は制服の詰め襟をゆるめて、売り場をまわる。どこもかしこも春限定の商品がならび、薄桃色の吐息で満たされていた。
 ふと、フロアの奥に見覚えのない扉があるのに気がついた。ひとの影すらも通らず、忘れられたかのように、ぽつんとあった。

もっとみる
【短編】告解室

【短編】告解室

 取り壊されると聞いたときから、どうにも気になってしまって、同級の子たちと行ってしまったのです。ええ、ここは、この教会は、私が物心ついたときからずっと、変わらずにあったと思います。だからびっくりしました。こんなにみすぼらしかったかなって。まじまじと見たことなんてなかったものですから。

 そう、あの日、あの日のこと、でしたよね。あの日は同級の子たちと、教会を探索していました。まあ、すぐに終わってし

もっとみる
【短歌】無垢それだけに

【短歌】無垢それだけに

蜂蜜の切れ目がくるのを待っているひとつながりの静かな朝に
(『まな板杯』参加作品)

ガス灯と今でも呼ばれこれからも呼ばれてゆくと信じるひかり

ねこぢるを祈りのようにめくる夜の無垢それだけに壊されたくて

みずからの手でみずからを奪うときだれの胸にもロミオは眠る

ひとの手で割れてしまった蝶にしか行かれぬ国があるのだろうか

開かれた肌のやわさにさよならを重ねつづける夕暮れどきに

水仙は首(こ

もっとみる
【短編】傷口に染みる

【短編】傷口に染みる

 くらりときてしまうほどの、血の匂いだった。向かいの患者がまた、自分で自分の身体を切って、ぎゃあぎゃあ喚いている。

「ほら、よく見てくれ、この血を! おれは人間なんだ!」

 毛布を蹴りあげて両足を突き出す。脛から指さきにかけて、無数の葉が生い茂り、そのなかに、ぽつぽつと椿の花が咲いていた。彼を押しつける看護婦の腕が、ひとつ、またひとつと増えてゆく。そのうちのひとりに、僕は尋ねた。

「あの、外

もっとみる
【短編】溶けるパラソル

【短編】溶けるパラソル

 なんとなくその日は、庭で過ごそうと思ったのです。秋桜畑のそばにパラソルを開いて、私は授業でつかう論文を読んでいました。降り注ぐ日射しのせいか、辺りが霞んで見えます。文字を追うのに疲れて、資料から眼を逸らすと、足もとに真っ赤な花が咲いていました。あれはなんの花だろう。あんなに赤々と燃えて。考えにふけっていると、それは小さく跳ねて、砂埃をたてました。私ははっとして顔をあげます。いつの間にか姪の洋子が

もっとみる
【短編】みっちゃんの指編みマフラー

【短編】みっちゃんの指編みマフラー

みっちゃんが私の席までやって来て「手、貸して」ってぶっきらぼうに言った。なんか怪しいなって思ったけど、別に拒否する理由もないし。「はい」って、右手を差し出すと、親指に赤い毛糸が巻きついた。
「なにやってんの」
「さあ、なんでしょーか」
「あやとり?」
「違う」
互い違いに糸をかけて、指をくぐらせ、というのを繰り返していくうちに、最初にかけられた糸が押し出されて、小さな絨毯みたいなのが指の付け根から

もっとみる
【短編】父のチェス盤

【短編】父のチェス盤

 父の作ったチェス盤は、知り合いの老紳士のもとに渡り、大酒飲みの彼の息子が質に入れてしまった。たいそうな金額で取引され、息子はがさがさの頬を緩ませながら帰っていった。大金になるのも当然だ。父は屈指のガラス職人なのだ。このチェス盤だって、駒も含めて、全てガラスで出来上がっている。盤の目は互い違いに磨りガラスになっていて、対になっている片方の駒も同じようにきめ細やかに曇っている。
 次の来客にも気がつ

もっとみる
【短編】先生、お元気ですか。

【短編】先生、お元気ですか。

 先生のところで修行してから、もう五年が経つのですね。早いものです。わたしのほうは相変わらず、ですが、先生はいかがお過ごしでしょうか。そういえば、ここ最近、気がついたことがありまして。人形たちの脈って、それぞれ違った音をしているのですね。いえ、先生に教わったのですから、分かっていたことですけど。以前よりもいっそう、くっきりと聞こえるような気がします。わたしの耳が効いてきたという証なのでしょうか。

もっとみる