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【短編】記念すべき日

われわれ地球人とシュハヤン星人は、永きにわたり争いをつづけてきた。あるときは侵略のかたちをとり、あるときは資源の強奪のために攻め入り、あるときは他の星同士の争いに巻き込まれながら互いを傷つけあった。
何のための戦争なのか。今は誰ひとり思い出すことができない。われわれは歯止めの効かない、形だけの戦いに明け暮れていた。

「これでは互いに疲弊してしまうだけだ」

そう持ちかけたのはシュハヤンの星を統治するZ氏だった。

「この星の資源もあなた方のねらいのひとつだろう。争いで全てが消耗するまえに、好きなだけ持っていけ。それで終いにしよう」

投げやりな口調だ。だが構わず、われわれは了承した。この永すぎる戦いに、いい加減うんざりしていたのだ。条約を結び、終戦を迎える。こんなに素晴らしいことはない。記念すべき日となるだろう。

われわれは星間船に乗り、故郷を発った。途中、新人のアンドリューがママからのプレゼントを忘れたと言って揉めたが、なんということはなかった。彼は昨晩、船内の自室に置いていたのを忘れていたのだ。

天の河を渡っている途中、船員のヤスフミが、窓の外を食い入るように見つめていた。あそこに漂っているのはなんでしょう。と指をさす。河の中央に真白な風船のようなものが揺れていた。操縦のダニエルが気を利かせて寄ってみると、それは死体だった。水分ならぬ、星の塵を吸ってふくれあがり、性別の判断がつかない。身にまとっている布切れは風化しており、われわれの制服かどうかも分からなかった。
三分間の黙祷ののち、われわれは天の河をあとにした。

手近のサービスエリアに寄り、ひと休みをしていると、派遣のイジュンが躊躇いがちにこう言った。あの、シュハヤン星人って、どういう人たちなのですか。
そうか。とうなずいた船長は、みんなに聞こえるよう大きな声で話した。知らない者も居るだろう。特に短期で来ている者は、彼らに会わぬまま故郷へ戻るかもしれない。いま一度、説明しておこうではないか。シュハヤン星人は、われわれに限りなく近い。むしろ、身体を構成する成分の殆どが同じであると確認されている。地球に紛れて生活をしていても、われわれはきっと彼らとは気がつかないだろう。ただひとつ違いがあるとすれば……彼らは自分自身の姿を見たことがない、ということか。向こうには鏡がないからな。まあ仮にあったとして、自分の姿を認識することはできるのだろうが、それを他者だと勘違いしてしまう。ある学者がそういう仮説を立てていた。船長は鼻で笑った。犬や猫と一緒だな。要するに自他の区別がついていないということだ。
なるほど。もうひとりの派遣であるドロシーが頷く。だから、なのね。と、貨物室に目をやった。
そうだ。われわれは彼らと友好関係を築きたい。だから今日のために用意したのだ。鏡を。縁の装飾は、かの有名な彫刻家、ダヤン・シュレトーが施したものでな。まだ私も完成品を見ていないのだよ。そこまで話すと、整備長のオスカーがやって来て、船長、問題ありやせんした。出発しやしょう。と、へこへこしながら船内へ入ってきた。操縦のダニエルが目配せをすると、再び星間船は舞い上がった。

われわれはその後、長い道のりを経て、シュハヤン星へ到着した。夜間であった。サーチライトのような、鋭い明かりが左右に動いている。光のなかに降り立ち、ハッチを開けると、途端に冷たい風が吹きこんだ。酸素濃度が地球とほぼ同じであるが故に油断していた。その風は凶器そのものであった。皮膚を引っかいて出血している者もいる。救護のメアリが文句を言いながら、手当ての支度をした。

「危ないですよ」

と警備員らしき男たちが近づいてきた。

「いまの時期は針の風(おそらくわれわれの言葉に直すと、こういった表現になるだろう)が吹いているのです。なにか着込まなければ、怪我をしますよ」

男たちは足もとを照らし、われわれを巨大な衝立ての前に案内した。眼を凝らさなければ、それが建物であるということに気がつかなかった。男が把手を引いて、われわれは内部へ入った。

 床も天井もよく磨かれていた。船員のルーは絵画をたしなんでいたため、廊下や室内に飾られている肖像の、色彩の具合にいたく感動していた。

「ずいぶん大勢で来たのですね」

出迎えてくれたのは、この星を統べるZ氏本人であった。眼を輝かせながら、われわれと握手を交わし、立派な椅子に腰かけた。年齢は五十代といったところか。しかし、この星の者がどのような歳の取り方をするのかは、まだ明らかになっていない。見た目よりも遥かに歳を取っているのかもしれないし、まだ星を治めるには幼いのかもしれないのだ。
Z氏は小さなため息を吐いて唇を開いた。

「早速、本題に入りたいのですが」

われわれはそっと息をのんだ。

「その前にひとつお尋ねしたいことがありまして。以前、あなた方の星の者たちがここを訪れたときのことを覚えていらっしゃるでしょうか」

いつの話をしているんだ。われわれは口にこそ出さなかったが、そう思った。

「ひとりの男がこの星に残ったのです。影の薄い男で、名前は発音が難しく、うまくお伝えできませんが」

われわれが首を横に振ると、Z氏はふいに遠い目をした。

「そうですか……彼はなぜ同胞と帰還しなかったのでしょうね。なぜあなた方の星を捨てて、ここを選んだのでしょうか」

そう、われわれに答えを促すが、そんなこと覚えているわけがない。シュハヤン星には幾度も上陸しているし、その度に激しく争ったのだ。誰が欠けて、誰が生き残ったかなんて、いちいち数えていられるか。
という態度が、Z氏に伝わったのだろう。彼はすぐさまこう言った。

「簡単なことです。恋人がいたのですよ」

突然、部屋の奥からうめき声がした。先ほどの警備員に連れられて、痩せ細った男が現れた。長い髪の毛が顔全体を覆っており、彼がどのような表情をしているのか、青年か老人かも分からなかった。

「これがあの男の子供です」

Z氏はゆっくりと口を開いた。

「本当ならば父親と同じ流刑です」

われわれの考えていることは同じだった。天の河に漂っていた死体。その光景が頭をよぎって離れなくなった。

「あなた方にこうしてお見せしたくて、彼を生かしておりました」

あたりがしんと静まりかえっているなか、あの、すみません。という書記のニーナの震えた声が響く。どうしてその男が私たちと関係があるって分かるのですか。見た目だけで区別はつきませんよね。

「いかにも」

Z氏は頷いて答えた。

「ただ、あなた方と私たちでは決定的な違いがある。私たちは言葉を介することなく、私たちの情報を同胞に解放し共有できるのです。この男はそれが出来なかった。だからあなた方の星の者が関わっていると分かりました。これが分かるまでに大変な時間をとられましてね。その間にも、彼らの子孫は増えていますから、全てを見つけ出すのに苦労しているのですよ。あなた方の言葉でいうなら、これはバグ。いえ、ウイルスのようなものです。このまま交わり続ければいずれ、私たちの秩序が完全に失われてしまう……あなた方は大変な置き土産をしてくれましたね」

われわれは戦慄した。終戦どころの話ではない。これは宣戦布告なのだ。

「あなた方は私たちのことを、自他の区別がついていないと、そうおっしゃっていましたね。でもこの能力こそが私たちの生存戦略なのですよ。まるでそれが下等生物であるかのような物言いをされていて、少し悲しくなってしまったのですがね。ふふ……どうして知っているのか不思議ですか」

Z氏は少し目を伏せると、すぐに顔をあげた。

「ミュウムル、よく戻ってきましたね。私たちは、ずっとあなたを待っていましたよ」

それに応えるように、アルバイトのマチルダが、わざと手を滑らせて鏡を割った。これがわれわれ地球人とシュハヤン星人の、新しい争いの幕開けとなった。

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