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行き場のない短文たち(まぜこぜ)

01.

夢の中でいつも訪れる喫茶店があって「あ、今日誰もいないんだ」って窓際の席に腰かけたら、目の前に昔好きだったひとが笑っていて「え、いつ帰ってきたの?」って私が訊く前に、その人は「ずっと此処にいたよ。ずっとずっといるよ」って、ずっとずっと喋っているから、なんかおかしいと思って、そしたら、その人、機械だったみたい。「もしかして初めて会ったときから? 」なんて考えてるうちに、その人は珈琲も注文しないまま、身体が腐っていって、とうとう他人になっちゃった。悲しかった。私、泣きながら目覚めたもん。

02.

友達といっしょに間違い探しをやっていた。でも、最後のひとつがなかなか見つからない。すっと誰かの手が伸びてきて、ある絵を指さした。それが最後の間違いだった。僕たちは全員で「あっ」と言って、顔を上げた。

03.

人間は齢十八を迎えると、クローゼットに自分だけの巣をつくるという習性がある。

04.

僕は駅の西側に到着したけど、ワタリは反対側のビッグカメラでゲームカセットをみていたようで、落ち合うのに少し時間がかかった。
「あー、そっちだったかあ」
彼は走りながら言った。湿った空気といっしょに、何故か、ガス乾燥機の匂いを引き連れていた。
「や、正確に言わなかったおれが悪い」
ワタリっていうのは、名字なのか名前なのか、いまでも分からない。でももし名前だったら、ワタリなんて半端な音じゃないよな、ワタルとかだよなと思って、勝手に名字だと決めつけている。

05.

そのひとは本を読んでいる。
はじめからおわりまで通して読むのではなく、時々飛ばして読んでいるようだ。
なぜだろう。





→注釈がページの後ろについてるタイプの本だった。

06.

それ、おいしいの? 食べづらくない? 骨があるってさ。ないほうがいいじゃん……つか、けっこう待つね。観覧車なんて、入れ替わりが激しいから、すぐ順番がまわってくると思ってたんだけど。そうそう、こういうときに話そうと思ってたことがあって、きみ、造血に興味ある? ゾーケツ。血を造るの。いや献血じゃなくて。その骨さ、先端のところが緻密体で、すかすかのところが海綿体なんだって。きみの血液だって、皮ふから湧いて出てくるわけじゃないんだ。骨の真ん中でつくられているんだよ。僕は、きみの骨が血をつくっているところ、ちゃんと見てみたいって思うよ。きっと素敵なんだろうね。あ、もう少しだよ。どの車体に乗るのかな。星が描いてあるやつ? あ、そうだね、そうだ、そうだ……あれに乗って、ぼくたちは途方もない旅をするんだろうね。たぶんオーロラを見るくらい、すごいことだと思うよ。乗ったらまず、何がしたい? いつもやっているようなことして良いのかな? さっきのコーヒーカップみたいにさ、あの車体もまわったら良いのに。そうしたらきっと、ぼくたちは、真っ白い光をあびながら、彗星人のところに会いにいって、祝福のちりにまみれるんだ。そのときには、きみの骨が血をつくっているなんてこと、もうどうでも良いよ。それよりもあの星で、正式に彗星人になったら、ぼくらは子どもをつくるんだよ。生まれつき背骨が燃えているから母さんたちには抱かせてやれないだろうけどね。出生届には何て名前をつけようかな。あ、きたきた。よし、行こうか。え、骨を捨てたい? いいよ。そらへんに捨てといて。犬が食うでしょ、どうせ。さあ、やっとこの日がきたよ。ぼくと一緒に幸せになろう。

07.

「眠る手前、なんでもいいから、なにか言って」
「いまから寂しい夢を視ます。あなたが寂しいと言っている夢です」

08.

青いゼラチンペーパーの夜、女は青年のコンタクトレンズを集めていた。

09.

透明、幻の痛み、骨、蚕、麦茶、ヴァーチャル、星図、少年、少女、水溜まり、グラウンド、夜光虫、ホース、空中ブランコ、日焼け、解剖、義眼、機械、魚、幽霊、砂嵐、硝子、ワンピース、月、爪、薔薇、洞窟、ビート板、点滴、遺書、無菌室、紫斑病、油絵、美容院、メロンソーダ、引力、両性具有、霧、惑星、猫背、横丁、ベルベット、

10.

ぼくたちは寝台のなかで、少しずつ病に蝕まれてゆくような心地よさを感じながら、映画をみていた。ひかりの枠の向こう側にもうひとつの世界があるのは、変な感じがしたが、そのひかりを浴びていると、まるでぼくもそこにいるかのような錯覚におちいる。
「ねえ、母さん、あの男のひと、どうなるんだろうね」
「うん、どうなるんだろうね」
ぼくは、ビー玉のように眼を輝かせているあの男のひとだけをみた。景色はめくるめく変わり、内容はほとんど忘れてしまった。

11.

誰かといっしょにいても、それがたとえ恋人であっても、独りであることを嫌というほど感じるときがあります。ふたりの合言葉やルールや慣習に縛られているだけでいいのに、だれかに認められなきゃならない苦しみでいっぱいになります。ふたりだけの世界ってきれいですけど、でもそういうのって大人に認められていることのが多いです、たぶん。だって、そうしないと生きて行けない。つまんないこと言うけど、社会に拒まれたら死ななきゃなんないじゃないですか。でも今は許されてる。そういう時期だから生きてけるんです。

12.

ぐうたらで、先のことをほんの少ししか考えていなくても咎められなくて、膨大に時間があると思いこんでいた、あの日のことを夢にみる。
それは色彩がワントーン落ちたスクリーンに浸って、キャラメル味のポップコーンを食べながら、今が幸せだと信じているようなもので、目が覚めたときには、まぶしい現実が迫っているということを、いやでも知らなきゃいけなくなる。
思い出はみんな、いま生きているスピードに追いつかず、向かい風に吹かれて、ずっと後ろへ、ずっと遠くへ流されてしまう。待っているのも酷だから「先に行っているよ」と手を振って進むけど、目の前のことすら覚束ない。今日〆切の書類を忘れたり、何気なく点けたNHKを観ながら、あたりめを口にくわえてぼうっとしてしまったり、夜眠れなかったり、仲良くしていた年上の友人と気まずさを感じてしまったり、デートの服装がいまいち決まらなかったりしている。

13.

ルーチカおばさんの借家には、はるか昔、ひとりの臆病な将校が棲みついていた。サーベルが揺れている音も、重そうにひきずる脚も、犬のような息づかいもそのままに、となりの国の争いから逃げてきたのだ。
薄暗い一室に身体もぐりこませたあと、坐りこんで眠り、三日間、夢の底をはいずりまわった。いつの間にか争いは終わっていたが、その知らせが彼の耳に届いたのは、それから一年半後のことだった。

14.

はじめは霧だと思った。ヴェールをかぶった少女の群れに囲まれていた。

15.

それが美しければ美しいほど、我々はその美しさを覚えていることができない。だからどうしても手に入れたいと思ってしまうのだろう。

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