見出し画像

【短編】みっちゃんの指編みマフラー

みっちゃんが私の席までやって来て「手、貸して」ってぶっきらぼうに言った。なんか怪しいなって思ったけど、別に拒否する理由もないし。「はい」って、右手を差し出すと、親指に赤い毛糸が巻きついた。
「なにやってんの」
「さあ、なんでしょーか」
「あやとり?」
「違う」
互い違いに糸をかけて、指をくぐらせ、というのを繰り返していくうちに、最初にかけられた糸が押し出されて、小さな絨毯みたいなのが指の付け根からあふれてきた。
「マフラー?」
「ぴんぽーん」
みっちゃんは抑揚のない声で言った。
「なんで編んでんの」
しかもひとの指で。
「いーじゃん、細かいことは」
「……三島って、なんか変」
そう。みっちゃんって、私が心のなかで勝手に呼んでるだけ。小中高って一緒のクラスだけど、ほとんど喋ったことがない。喋ったことがないのに、ときどき気になって目で追っていたり、ふっと聞こえてきた彼女の声に、耳を傾けていたりする。小学校の入学式のとき、手近なグループの子たちとつるまなければ、みっちゃんとは親友になれたんだろうな。その程度の他人って感じ。

マフラーを完成させるまで、私はみっちゃんに付き合うことにした。編んでいる間、いろんなことを喋った。他愛なさすぎて、だいたいは忘れてしまったけど、
「沢田の指、きれーだね」
って、みっちゃんが不意打ちで褒めてくるから、その度に、指だけじゃなくて、身体もむず痒くなる。こういうときは多少強引でも、話を逸らしてごまかすことにしていた。
「三島は、文理どっちにするか、決めたの?」
二年になると文系と理系にクラスが分かれる。どこの高校もそうだと思うけど。これで進路もやりたいことも、たったひとつの選択でみんな決まっちゃうんだから、世の中って本当に理不尽だ。
みっちゃんは、重たげな二重瞼をくっと開いて、顔をあげた。
「うん、理系にいく。沢田は?」
「文系」
「そっか」
ぽつっと雨が降るみたいに言った。
「離れちゃうんだね」
そう呟いて、また私の指に糸をかけていった。なんか切なくなっちゃうじゃん。そんなこと言わないでよ。なんて言えなかった。私たちはしばらく黙ったまま、何かの儀式みたいに、マフラーを編み続けた。

その日からみっちゃんは、ホームルームが終わるとすぐに教室を出て、私を避けるようになった。けっこう露骨に。まあ、いいんだけど。みっちゃんが勝手にやってたことだし。いつも通りに戻っただけだから……放課後特有の、ゆるっとした空気に呑まれそうになりながら、私はいつの間にかみっちゃんを追いかけていた。
「ねえ、もう編まないの?」
ストンとした肩をつかむ。びっくりした顔をしながら、みっちゃんは振り返った。
「うん」
「どうして?」
「捨て猫の世話いってるから」
拍子抜けした。もっと深刻な理由で、私を避けてるのかと思った。
「捨て猫?」
「坂くだってすぐの、業務スーパーあるじゃん? そこの、コインランドリーの裏。なんなら、一緒にいく?」
彼女について行くと、確かに仔猫がいた。真っ黒くて、目だけ満月みたいに光ってる。段ボールのなかで小さく震えていて、見ているだけで可哀想だった。みっちゃんは鞄からマフラーを取り出す。もちろんあの指編みのマフラーだ。惜しげもなく仔猫に巻いた。黒に赤は映えるなあって、一瞬思った。というか、
「それ、誰かにあげるんじゃないの?」
「だからこいつにあげてんじゃん」
そーいうんじゃ、なくてさあ。たかが猫だよ? 保健所に連絡すれば済む話じゃない?
私はひりついた胸を押さえる。みっちゃんのこと、だんだん分からなくなってきた。いや、初めからよく分からなかったけど、今はもっとよく分からない。渦にのまれているみたいにぐるぐるする。みっちゃんは仔猫ににぼしをあげながら、ぼろ雑巾みたいな身体を撫でている。愛しい眼差しを向けて……私の知らない顔だった。

その仔猫が死んだとき、私は「あー、やっぱり」って思ったけど、みっちゃんも同じように思っていたみたいで「ペット専門のさ、火葬場があるんだよ」って涼しい顔しながら、業者に電話してた。
「すぐ来てくれるって」
「よく知ってたね、番号」
「うちの猫んときも、やってもらったから」
火葬は四十分くらいで終わった。ほとんど仔猫の骨は残っていなかった。マフラーも灰になって、影みたいに寝そべっている。職員のひとが、丁寧に骨だけを拾って、小さな袋にいれてくれた。
「どうするの、それ」
私は恐る恐る、みっちゃんに訊いた。
「うちの庭に撒こうかな。ちょうどバラ植えてるし」
「バラ?」
「肥料にすると、きれーに咲くんだってさ」
そういたずらっぽく笑って、火葬場をあとにする。私はずっとマフラーのほうが気がかりだった。あんなに楽しそうに編んでたのに。本当は誰かにあげるものじゃなかったのかな。私は自分の右手を、そっとみっちゃんに差し出した。
「もっかい、編む?」
みっちゃんは首をふった。髪の毛がふわっと広がって、石鹸みたいな匂いがした。
「いや、いいよ……つか、別に編み物をしたかったわけじゃなかったし」
「どういうこと?」
「マフラー編んでる間、いっぱい話したでしょ」
「そうだね」
「前よりも、仲良くなった感じ、しない?」
「する」
「つまり、そーゆー、ことだよ」
ちょっと顔を赤らめて、みっちゃんは俯いた。つまり編み物は口実で、私とお話したかったってこと?
「なら、普通に話しかけてくれれば良かったのに」
「沢田とはふつーの友達って感じがしないから」
みっちゃんは少し足早になって、不意に振り返った。
「なんでだろーね」
刺すように冷たい風が吹く。彼女の制服がみずみずしく揺れた。
「三島って、やっぱり変」
私はこっそりと笑った。骨で咲いたバラがどう綺麗かなんて知らない。だからもう少しだけ……付き合ってみようかなって思った。

ここまで読んでくださってありがとうございます!もし良かったらサポートしていただけますと嬉しいです!執筆やイベント活動などに使わせていただきます🙏