マガジンのカバー画像

小説とか詩歌とか

36
幻視者になりたい。
運営しているクリエイター

記事一覧

【短編】すいかたべたい

【短編】すいかたべたい

あなたがうたたねをしていると、ふいにでんわがなる。非通知としるされている。ほんとうはこういうのはとらないほうがよいといわれているけれどあなたは気になって気になってしかたがなくてつうわボタンをおしてしまう。ひとのいきづかいすらしない。ただの沈黙。いや、かすかになにかがきこえる。水のおとがする。ほそくいとのようにでている水がはつらつなおとをたてながらじゅんかんしてひとつながりにおちる。母だ。母がばらの

もっとみる

【詩】氷像

吹雪には吹雪の憂いが
神様には神様のてらいがあり
影すらも青白い氷像が
ひとりでにつくられる

それはあなたによく似ていて
あなたの指紋はしたたり落ちる

(第19回文芸思潮現代詩賞 入選)

【詩】デパート

緑光灯は死化粧のように
デパートを覆い
回転扉から
古い海の匂いがやってくる

家電売り場にいくつも映っている
象牙質めいたトランポリン選手
そのたくましい跳躍のあいだに
私は誰かの死を感じていた

あの日
遠雷があった日
寝具売り場に横たわる
あなたの妊娠線は
この世でいちばん美しいものだった

(第19回文芸思潮現代詩賞 入選)

【詩】変電所

私の背骨が燃える音を
どうかあなたが聞いてください

果実を沈めたくなるような湖に
変電所が埋まっているものだから
虚ろなコインランドリーの乾燥機は
かつて踊りに耽っていたのを
すっかり忘れてしまったようなのです

(第19回文芸思潮現代詩賞 入選)

【俳句】雑十三句(その二)

【俳句】雑十三句(その二)

カルディで珈琲しばく春の昼

瓶詰めの安納芋や春来たる

経年のaiboが踊る蝉時雨

海底を這う夢を視る夏木立

人形を組み立ててゐる夜長かな

そぞろ寒レンブラントの昏き陰

初嵐ざつくばらんに墓標立つ

表裏逆に着ていた赤セーター

寒の雨積もる話があるはずだ

音だけの世界にいたい冬景色

走つても孤独同士の木馬たち

人間が機械を演じるときは青

ほんたうに冷たいさうだ満月は

【俳句】雑十三句

【俳句】雑十三句

カーディガン葡萄酒めいて光りたり

珈琲をただしく蒸らす春隣

新緑のセロハンテープで指を切る

推敲を繰り返し繰り返して春

音楽堂すみわたるほどの無音

花疲れ社内メールの波来たる

どうしてもあの子が欲しい青嵐

泣きながらブランコを漕ぐ又従兄弟

提灯のひかりに紛れ死ぬ蛍

晩夏光ショート動画をスワイプす

熱帯魚水の一部になってゐる

ブローティガン甘酒を舐めるやうに読む

返り血をしづ

もっとみる
【詩】少女たちの夜会

【詩】少女たちの夜会

少女たちが鱗粉を顔にぬる
そのために
真っ青な蝶ばかりを死なせている

少女たちは朽ちた式場にあつまり
おおきな鏡が
泉のようになびいている衣装部屋で
薄絹をかさねがさね
ひとつの四阿をつくる
あしたこそ
生まれることのないように
少女たちは祈り
蚕の似姿でねむる
しだいに空が白んでゆくことを
少女たちは悔やむ

いつしか
少女たちは
大人のかたちになる
影をともなう
真っ青な蝶となる

【詩】ナイフ

【詩】ナイフ

生きるたびに
ためらいきずが
ふえる
ローズ・セラヴィの
口紅のような
きずが
わたしの胸に浮かぶ
どうか
致命的にしてほしい
あなたのナイフで

【詩】祭り

【詩】祭り

りんご飴をかじる
薄い硝子がふいにあらわれ
あなたの舌はよく切れる

昔レントゲン室で撮った
わたしたちの写真は
裸になりあった体温までは
写してくれなかったね
緑色の骨はとても熱くて
わたしはあなたの傘を思った
裏庭に埋めるはずだった
金魚がプールを泳ぐ
カルキの匂いにやられる妊婦たちがいる
桃の缶詰に蟻がたかる
今年も夏は死語となり
日射しがあぶらの膜のように
あなたにはりつく

もうすぐ祭り

もっとみる
【短編】サーカスナイト(前編)

【短編】サーカスナイト(前編)

前書き
このお話はグロテスクな描写を含みます。苦手な方はそっとページを閉じ、大丈夫な方はそのままお読みください。

広場が燃えていました。というのは少年の見間違いで、本当はまっ赤な天幕がぽつねんと、さびれた広場にはられていたのでした。

移動式のサーカス団がやってきたのです。

少年はチケットの列にならび、期待に胸をふくらませながら席につきました。天幕のなかはひんやりとした空気に包まれています。や

もっとみる
【短編】サーカスナイト(後編)

【短編】サーカスナイト(後編)

前編はこちらです↓

すべてが硝子でできた美しい街や、まぼろしの鳥たちがすむ植物園のような街、要らなくなったおもちゃの集まる街や、いつまでも夜が明けない街……人魚の少女が訪れた街の数々を、少年は心を踊らせながら聞いていました。

「うらやましいな。僕はここから出たことがないからさ」

「出ようとはおもわないの?」

「きみが来るまで、考えたこともなかったんだ」

「じゃあ、今は? 出たいとおもう?

もっとみる
【短編】エツコさん

【短編】エツコさん

中学時代、霊感のある友達がいた。彼女とはクラスも部活も一緒で、おまけに私と同じ塾に通っていた。一緒に帰ることも多くて、歩きながら彼女は、こういう幽霊がいたよって私に話してくれたり、この道はあれが出るようになったから嫌だって言って遠回りしたり、なんとなくその日、私に憑いているひとを教えてくれたり。いまでは嘘だあって思うけど、当時の私はけっこうのほほんとしてたので、全く疑うことなく彼女にしか見えない世

もっとみる
【俳句】雑十六句

【俳句】雑十六句

俳句

ない道を案内されて朧月

轢きかけた猫と目が合う星月夜

急カーブ枯れた紅葉に襲われる

小綺麗な女の食らふいなごかな

ひとんちの湯の匂いしてクリスマス

雪原に血だまりのやうな手袋

春疾風 同窓会の紙来る

花筏 わたしもとおくへいきたい

サイドカー夏風邪をひくように呑む

しまわれることのなかった風鈴よ

(おそらく)季語のない俳句

火葬場のけむり追いつつ嬢を待つ

耐えかねて

もっとみる
【短編】記念すべき日

【短編】記念すべき日

われわれ地球人とシュハヤン星人は、永きにわたり争いをつづけてきた。あるときは侵略のかたちをとり、あるときは資源の強奪のために攻め入り、あるときは他の星同士の争いに巻き込まれながら互いを傷つけあった。
何のための戦争なのか。今は誰ひとり思い出すことができない。われわれは歯止めの効かない、形だけの戦いに明け暮れていた。

「これでは互いに疲弊してしまうだけだ」

そう持ちかけたのはシュハヤンの星を統治

もっとみる