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短編小説

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普段noteでは日記ばかり書き散らかしていますが、時折人様の企画に乗っかって短編小説を書くようになりました。創作って、恥ずかしくて楽しい。
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記事一覧

指を食べる | 春ピリカ応募

指を食べる | 春ピリカ応募

「ぼくの指を、食べてみないか」
おどけた口調で恋人に指を差し出されて、軽く眉をひそめた。

「わたし、別にお腹減ってないよ?」
そう断ったものの、彼は差し出した指をそっとわたしの顔に滑らせて、にゅっと口のなかに入れてきた。

「おやつにぴったりだと思うんだけどなぁ。そのうち、もとに戻るしさ」

たしかに指くらいなら、一週間あればもとに戻るだろう。
子どものころに石に挟んで指を失ったときはこの世の終

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【小説】もがいた足跡を照らして

【小説】もがいた足跡を照らして

無我夢中で雪玉を投げていた。
丸めては投げ、丸めては投げるモーションはまるで、重く粘ついた暗い沼からもがき出ようとしているみたいで。
どちらをしているのか、自分でもよくわからなくなってきた。

* * *

「なあ、雪積もってる」
しゅうちゃんが私のノートの端をつついて、言った。
「ふーん」
窓にかかるブラインドを少し上げて、私はまたノートに目を落とした。
「集中できてないんだろ」
彼はノート

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【小説】栃栗毛のペガサス

【小説】栃栗毛のペガサス

事の発端は、狸とアマビエの喧嘩だった。
狸は最近アマビエがやっている動画サイトに度々出演し、人気ボーカロイドやアニメのキャラクターに化けてさまざまな歌を歌っていた。
その声の野太さと音痴な歌声に「見た目とのギャップがウケる」と固定のファンがついたが、次第に飽きられてしまうであろうことをアマビエは見越しているらしい。

「おめえもそろそろさ、なんか新しいことやろうよ。このまんまじゃ飽きられちまうから

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たぐり寄せる物語

たぐり寄せる物語

短編小説を書きはじめたのはごく最近、今年の初夏の「ピリカ☆グランプリ」への応募からだった。
リーダーのピリカさんはもちろん、shinoさん、カニさん、戌亥さん、ねじりさんと私が普段楽しく読んでいる方々が主催だったので、思い切って創作の世界に踏み出してみたのだ。
思えばさわきゆりさんの文章に出会って「こんなに短い文章でこんなに濃いものを伝えられるのか!」とびっくりしたのも、このグランプリがきっかけだ

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【ピリカ文庫】チョコレート【ショートショート】

【ピリカ文庫】チョコレート【ショートショート】

「たでぇま〜」
間延びした声で、父が帰ってきた。
外は雨だというのに、だいぶ呑んできたらしい。
両肩に下げたエコバックには、半額の焼き鳥やコッペパンがぎゅうぎゅうに詰まっている。
それをどさりと床に置くと、父は洗面所へ手を洗いに行ってしまった。

「あ、そうだ。これ」
居間に戻ってきた父はズボンの前ポケットから、何かを二つ取り出した。
受け取ってよく見ると、それはひしゃげたチョコエッグだった。父の

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所沢のグリフィン

所沢のグリフィン

金曜の晩、僕と部長は酔っ払って静まり返ったオフィス街を歩いていた。とうに居酒屋は閉まり、タクシーも走っていない時間。
先ほどまでの部長主催の納涼会は、とにかくひどかった。
会費を7000円も取られた上に、出てくる料理は全部ゲテモノ。部長チョイスの料理の数々に、後輩たちはテーブルとトイレを行き来していた。

部長は無類のゲテモノ好きだ。
長期休みに入るたびに海外へ行き、アリの卵やサソリ、ワニなどを食

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【ショートショート】カルピスの寝息

【ショートショート】カルピスの寝息

あなたはだんだん眠くな〜~る
あなたはどんどん眠くな〜~る

目の前で揺れる五円玉を一心に見つめるフリをしながら、私は迷っていた。

弟の歳三が「さいみんじゅちゅにかけてあげる!」と小走りで和室に駆け込んできた時、私は「夏休みの友」という名の敵に向かって猛然と鉛筆を振るっているところだった。
夏休みはあと二日しか残っていないというのに、ちゃぶ台には手つかずの読書感想文用原稿用紙と、半分弱までし

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【短編小説】 サルビアの君

【短編小説】 サルビアの君

「失礼しまーす。まっきー休み?」
隣のクラスの河田が、おかっぱを揺らして入ってきた。
「うん、今日休むって」
と私が答えると、「明日のパート練の担当、まっきーなんだけどな」と困り顔で言った。

まっきーこと牧子と河田は、吹奏楽部でトロンボーンを担当している。
三年生がコンクール後に引退し、今は二年生の二人がパート練習を交代で仕切っているのだと以前牧子が言っていた。

びっちりとカラフルな蛍光ペンで

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