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【小説】もがいた足跡を照らして

無我夢中で雪玉を投げていた。
丸めては投げ、丸めては投げるモーションはまるで、重く粘ついた暗い沼からもがき出ようとしているみたいで。
どちらをしているのか、自分でもよくわからなくなってきた。

*  *  *

「なあ、雪積もってる」
しゅうちゃんが私のノートの端をつついて、言った。
「ふーん」
窓にかかるブラインドを少し上げて、私はまたノートに目を落とした。
「集中できてないんだろ」
彼はノートの横に溜まったチョコのゴミの山を指した。
図星だった。

冬期講習の最終日、私は先生の気合いのこもった授業に身が入らなかった。
授業内で出た問題がまだ解けなかったことがショックで、周りの子たちがずっと遠くに見えて、この授業に出ずに自習している子たちの方が捗っているんじゃないかと不安になって。
自習室でノートにかじりついていた時に、タイミング悪くしゅうちゃんが現れたのだ。

「散歩行かねえ?」
なんでよ。今追い込まないと間に合わない。
出しかけた言葉は「せっかくの雪だ」と強い口調に押しつぶされた。
「気分転換は大切だと、工藤先生も仰っていた」
尊敬する先生の名前まで出されたら、立ち上がらざるを得ない。
「30分だけだからね」と釘を刺して、コートを羽織った。

予備校のドアを押すと、鋭く冷たい風が入ってきた。
本当に雪が積もっている。
大晦日の夜だからか人通りはなく、誰にも踏まれていない真っ白な道が広がっていた。

一歩一歩無言で雪を踏みしめて、しゅうちゃんの後ろを歩く。
公園に入ると、柔らかいものが頭に当たった。びっくりして手を当てると、冷たい。
雪だ。
「やったなっ!」
手元の雪を掴んで、彼に投げつける。
ゲラゲラ笑いながらそれを避けた彼は、新たな雪玉を足元に投げてきた。
「ちょっと!私スニーカーなんだけど!」
「俺もだ!」
そう叫びながら、彼は雪をかき集めている。
「くそー!許さん!」
笑いながら、私もしゃがんで雪玉を作った。

私たちには、もう時間がない。
来週から入試が始まり、来月には第一志望を受け終えて、その翌月にはそれぞれの進路が決まる。
世間的には大晦日だけど、私たち浪人生にとっては貴重な一日で、今日勉強したことが試験に出るかもしれなくて。
でも、今日は大晦日で。

「早く浮かれたい!」と叫びながら雪玉を投げたら、「報われたい!」と返ってきた。
夢中で雪を投げあっていたら、ふいに彼の攻撃がやんだ。
顔を上げると、「空!」としゅうちゃんが上を指した。

見上げると、青白い星が煌々と瞬いていた。
「こんなに星が見えるなんて、まだまだ勉強不足だって工藤先生に怒られそうだな」
彼の白い息がすぅと空に消える。

星明かりはまっすぐに、私たちが歩き、雪を集めまわった跡を照らしていた。
そのぐちゃぐちゃはまるで、私たちのもがき苦しんだ一年のようで。

最後まで、あがくぞ
しゅうちゃんが呟いた。
もちろん
そう答えて、私たちはもう一度空を見上げた。
きっと、きっと、なんとかなるはず。

(1196字)

こちら冬ピリカグランプリへの応募作です。文字数が、締切が……あぶない!!
なんとか間に合ってよかったです。

今年も受験生の子たちが最後の追い込みをかけているところかと思います。
どうか悔いなくあがき切れますことを、心からお祈りしています。

つる・るるる拝

お読みいただきありがとうございました😆