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【短編集】心解

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テーマ:ほぐす 各話1万字前後の短編集。
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#掌編小説

【掌編小説】むすんでほどいて

(↑ のお話からどうぞ)

十二年前の七月二十四日は土曜日で、夕刻の町はゲリラ雷雨に見舞われていた。
夏休みの初日だった。
あたしは十五歳で、中学三年生の受験生。吹奏楽部の練習を一足先に切り上げて、昇降口で靴を履き替えて、このまま塾へ向かおうと校舎を出たところだった。
こんな夕立にもかかわらず、目の前の校庭ではラグビー部がずぶ濡れになりながら、八月に来る中学総体に向けて練習に励んでいた。かと思えば

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【掌編小説】解語之花

(↑ のお話からどうぞ)

仄暗い静謐の中にふわりと香り立った甘美な調べは、まるで、春の木洩れ日のように、それはそれは柔らかな手触りを纏っていた。

ほのぼのと和らいだ世界の輪郭が、次第に薄れていく。
その温かい音色にそっと撫でられると、冷えて凝り固まっていた空気の結び目がするりと解けて、寒さに凍えていた聴衆の躰は陶然と揺蕩い始めた。
眼と鼻の先で、艶やかな音の精がピアノと戯れている。
人の言葉を

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【掌編小説】氷解

(↑ のお話からどうぞ)

最近の子供は、不気味なほど大人びている。
遊泳禁止、バス釣り禁止、餌やり禁止、火気禁止、ポイ捨て禁止、ラジコン・ドローン禁止……。池や遊具、グラウンドや芝生、色褪せた公園を少し見回しただけでも、各エリアに二、三枚は禁止看板が佇んでいる。技術の進歩による避けようのない応酬だろうか、昔と比べると、あらゆる人間の行為に関して、かなり厳しい制限が設けられているような気がする。

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【掌編小説】魔法は解れて

その情動を「恋」と呼ぶのだと知る、それよりもずっと以前から、わたしは彼に恋をしていたのだと思います。

恋。
それは、火炎を閉じ込めた氷塊のような、なんとも不可思議な質感を帯びた言葉です。その響きを耳にすると、胸の奥底に温かな火が煌々と灯るようで、同時に、凍てついた鎖に身体の輪郭を固く縛られるような、そんな気分にさせられ、思わず浮足立って身悶えしてしまいます。混ざり合うことのない相反する感情がせめ

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