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【頂を目指した戦士】『歓喜を呼び込むプロフェッショナル』~ステファン・ムーク~

「決めてくれ!」

そう願った時、金髪の背番号8は僕たちに歓喜をもたらしてくれた。

ステファン・ムークは強い気持ちで2023シーズンを迎えた。在籍2年目となる今季は、始動日からチームの一員として開幕に向けた準備ができる。加入初年度は新型コロナウイルスの影響で、合流が遅れた。Jリーグデビューは開幕から約1カ月後の第4節・アウェイ町田戦。59分に途中出場で日本のピッチに足を踏み入れると、13分後だった。持ち味である球際の強さを発揮したプレーにレッドカードが提示される。待ちに待ったファジアーノ岡山でのデビュー戦は、ほろ苦いものとなった。

だからこそ、2年目はスタートダッシュを切りたかったんだと思う。プレシーズンから、とにかく動きがキレキレだった。Jリーグの笛にアジャストした球際の激しさは健在で、ルーズボールをことごとく確保する。そのうえで、テクニックも披露した。鮮やかなフェイントで相手選手を抜き去ったり、精密機械のようなキックで決定的な仕事をしたりする派手さはない。しかし、インサイドキックがとにかく正確で、ハイテンポの中でも、厳しいマークを受けても質の高いプレーができる。味方に確実にパスを届けると、勢いよくゴール前に飛び出し、インサイドキックをゴルフのパターのように使いこなしてゴールネットを揺らした。

プレシーズンの使い方は十人十色だ。チームの始動と共に自らの体を起こして1年間を戦う肉体を作っていく選手もいれば、自主トレで体を絞ってから最初の練習を迎える選手もいる。それぞれの考え方や信念をもとに、様々なプレシーズンの過ごし方がある中で、ムークは自らコンディションを整えてからチームに合流したのだろう。それくらい調子の良さを感じる仕上がりを見せていた。

その効果もあってか、当時採用していた[4-4-2(中盤ダイヤモンド)]におけるトップ下のポジションをつかんで離さなかった。チームがつなぐプレーを重視するスタイルの変更に舵を切ったことで、同じく在籍2年目を迎える仙波大志も気合十分だった。しかし、ムークのコンディションの良さは、ずば抜けていた。さらにトップ下はムークが最も得意とするポジションだ。オーストラリアで慣れ親しんだ場所でプレーできる喜びもあっただろう。ムークは開幕スタメンを飾った。

ただ、"自分の庭"でのプレーは長く続かなかった。ムークの前でプレーするFWの選手が相次いで負傷してしまう。チアゴ・アウベスは開幕しても離脱したままで、坂本一彩はU-20日本代表の活動で足を痛めた。本来はウイングのハン・イグォンは2トップの一角で起用されるもコンディションが上がらず、経験豊富な永井龍もリハビリの日々を送っている。木山隆之監督が信頼して送り出せるFWは当時21歳の櫻川ソロモン(千葉から期限付き移籍)のみ。FW不足を打開すべく、ムークに白羽の矢が立った。

彼もイグォンと同様にFWの選手ではない。しかし、真面目で器用な背番号8は監督の指示に忠実だった。守備では前線から献身的なプレスをかけ、ビルドアップのキーマンである相手ボランチをケアしながらパス方向を制限する。攻撃ではゴール前に飛び出す感覚と基礎技術の高さを発揮した。自分の強みを存分に出せたわけではないかもしれない。トップ下で勝負したかった1年だったかもしれない。それでも、どんなサッカーをするのかは監督が決める。何一つ文句を言うことなく、チームの助けになるために与えられた役割を全うした。

シーズン中盤以降はチアゴと坂本の復帰により、ベンチスタートが続いた。これも彼の理想ではないだろう。オーストラリアU-23代表歴があり、アデレード・ユナイテッド(オーストラリア)では腕章を巻いた。今夏に佐野航大が入団してお馴染みのNECナイメヘン(オランダ)にも在籍した経歴を持つ。実績や経験を踏まえると、J2のベンチを温めるレベルの選手ではない。だからといって、現状に不満を表す態度を練習中に見せることもなく、いつもフットボールと真摯に向き合う。全体練習が終わってからクラブハウスに入っていくまでの早さはチームで1位、2位を争うも、それは室内で体のケアをするためだろう。チームのために力を尽くすことに注力していた。

そして、結果を残した。

第17節・ホーム群馬戦で85分にルカオのオーバヘッドパスにボレーシュートで合わせ、第33節・アウェイいわき戦では90分にPKを沈め、第34節・ホーム仙台戦でも90+4分にCKのこぼれ球を倒れながら押し込んだ。全てが劇的な勝ち越しゴール。試合終了間際にチームを勝利に導く劇的なゴールを決め、サポーターを、スタジアムを歓喜の渦に巻き込んだ。

今季に残した成績は6ゴール3アシスト。1人で9ゴールに関与したことになる。これはチームの49得点のうち18.4%にあたり、チーム最多の数字だ。

決定力不足を嘆くことになった2023シーズンにおいて、本職ではないFWでのプレーにもかかわらず、安定して結果を残した。先発でも、途中出場でも与えられた仕事を果たした。振り返ると、今季はムークのゴールに歓喜することが多かったし、どれも印象的だった。見る人を喜ばせる。ムークは、プロフェッショナルの鏡だ。

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難波拓未|サッカーライター
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