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2021年9月の記事一覧

短編小説『時代遅れ』

短編小説『時代遅れ』

結婚式の司会の仕事をしている方に聞いたが、近頃は新郎新婦の馴れ初めが「マッチングアプリ」ということが実に多いらしい。41歳の私は「マッチングアプリ」といえば、何やらいかがわしいものと思ってしまうが、10歳も下になると、もっとカジュアルに捉えているものらしい。そのうち、人と人がお付き合いをするためには、いきなり直接話しをすることのほうが「はしたない」と言われるような時代が来るのかもしれない。


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雨が降ればいいのに

雨が降ればいいのに

「雨が降ればいいのに」
下着姿でベットに大の字に寝転びながら、ぼそっとつぶやく彼女。
彼女のお腹をつーっと指先でなぞりながら、天に向かって長く伸びた彼女のまつ毛に視線を向ける。
「せっかくのデートなのに?」
「うん、前回のワールドツアーぶりだから…3ヶ月ぶりのデートだ」
彼女は窓の外の夜空をながめているのに、どこか別の何かを見ているような遠い目をしている。
ふと、心の奥底に生まれでた感情を押し殺す

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首に蛇を巻いた

首に蛇を巻いた

※以前、投稿サイトに掲載していたものを加筆&再掲しています。

新しい人間関係を構築する時はいつも震える。もともと人付き合いもそれほどうまくないし、できれば一人で過ごしていたい。だけどそれじゃあこの先の学校生活をうまく過ごしていけないのをわかっているから、私は精一杯の笑顔で「コミュニケーション上手な女子」を演じる。

おかげでもうこんなに友達ができた。このクラスが今、入学式とは思えないような緊張感

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【ショートショート】100人斬りを目指した少女

【ショートショート】100人斬りを目指した少女

少女の家はごく普通の一般家庭だった。
無口な父と朗らかな母とやさしい姉、そしてペットの犬と一緒に暮らしていた。

5歳の夏に近所のお祭りで迷子になって騒ぎを起こしたり、12歳の冬にペットの犬が死んで学校に行けなくなった時期もあったが、特に大きな病気もせずに育った。

少女が17歳になった時、初めて彼氏ができた。
手を繋いで登下校し、毎日のように電話し、そして夏休みのある日、とうとう彼の家を訪問する

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青いサヨナラ

青いサヨナラ

「大丈夫だよ」
彼はいつもそう言っていた。
「僕を信じて。きっとうまくいくから」

彼との出会いはありふれたものだった。
友人同士が知り合いで、それがきっかけで彼と出会った。
彼の育ちの良さは、つきあいはじめてすぐ気づいたけど、実際に彼がお金持ちの良い家柄の一人息子という事は後から知った。
お勉強も出来て、良い大学も出ていて、いろんな事を知っていた。
彼はもちろんそんなことをひけらかす人ではなかっ

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【小説】月をのむ

【小説】月をのむ

月を飲み込んだ。だから来てよ。

久々にかかってきた通話は、そこで切れてしまった。彼女はいつも、タイミングが悪い。連絡を寄越すのはだいたい深夜だし、ゼミに顔を出すのは決まって試験前だった。そして明日は、僕の引っ越しときている。

それでも僕はスクーターにまたがり、10キロ先の彼女のアパートを目指す。夜にぽつんと浮かぶ部屋の灯りを思い浮かべながら。頬にあたる風が冷たくて、数週間前まで側にあった夏が全

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【小説】まれびと

 幼馴染は、なかなかに奇特な人間だった。モデルなんじゃないかと思えるほどの美形で、同級生ばかりか先輩たちからも熱い視線を投げかけられていた。
 彼とは幼稚園からの付き合いだった。外で遊ぶのがそれほど好きではなかった僕は、なんとなく、部屋の中で絵ばかり描いていた彼と一緒にいるようになった。
 彼はずっと絵を描き続けていた。それは小学校に入ってからも、中学校に進んでからも変わらなかった。美術部に入って

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別れと花

「別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます。」

川端康成の小説の有名な一節。
私が初めてこの言葉を知ったのは高校生のとき。なんておしゃれな考え方なんだろう、なんて呑気な感想を抱いた事を今でも忘れない。当時はきちんとした恋愛なんてしたこともなく、この一文は私にとって、紙の上の空想の世界の言葉でしかなかったから。

そんな私は今、大好きな人に振られる為に出かける準備をしている

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This Man 腹黒男③

This Man 腹黒男③

 やぁ突然呼び出して悪かったね。
 白々しいって? よく言われるよ。まあ形だけでも礼儀正しい人間でありたいと思うのは大事だよ。
 俺は珈琲にしようかな。
 君は紅茶派かな。そういえば、前に聞いた話だけど、こういうカフェで頼むダージリンには少量のアールグレイが混ぜてあるところが多いそうだ。
 何でも、アールグレイは茶葉を細かく砕いて香り付けするから、比較的安い茶葉でも味の違いがわかりにくい。だから、

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ヒュプノス症候群

ヒュプノス症候群

 茹で蛙の法則は嘘なのだという。
 これは、蛙の入っている水を少しずつ、少しずつ温めてやると、蛙は温度の変化に気が付かず茹って死んでしまうという話だ。変化に気付くことができない人間への警笛としてしばしば上げられる逸話だが、実際には、蛙は途中で飛び出して逃げるそうだ。
 この話から学べることは2つ。
 人は誰かに話したくなるような面白い逸話を鵜吞みにしてしまうこと。
 蛙よりも人間の方が愚かであると

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檸檬

檸檬

わたしがいつからここにいるのかはわからない。キョウコが十五歳で、初めて恋をしたあたりだろうか。相手は塾の先生で、十歳年上で、彼女が中学校を卒業してから付き合い始めた。まだ子供だったから、淡い付き合いだった。春の夜、ドライブの帰りに夜景を見に行った。男と二人で宝石箱をひっくり返したような夜を見下ろした。その時初めて、彼女は心の中でシャッターを切った。網膜に焼き付けるように。この記憶を文章に落としこん

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喪失感と、噴水の夢

🎡
グラスに透かす、横浜の海が美しい。
横浜は僕にとって、”遠出”の象徴だった。
九州の片田舎で生まれた僕が、小さい頃に家族で来た場所。
滲んだ景色が蘇る。
ケーキ型のホテルから見える、でっっかい観覧車
海辺の赤い靴と、異国の赤い建物
水族館と、海面をこするジェットコースター
全てが”異国”の思い出で、
全てがキラキラしていた。
そんな地で、自分の金で遊んでいる。
信じられない。
自分だけが浮い

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恋してないけど愛してる

恋してないけど愛してる

付き合っている男性のことは、便宜上「恋人」と呼んでいる。けれど、彼への気持ちは、恋ではないと思う。

最初は、紛れもなく恋だった。付き合う前と、付き合い始めてすぐの頃。メールが来るだけで飛び上がるくらい嬉しくて、にやにやしながら何時間もかけて返事を書いた。待ち合わせ場所には必ず私の方が早く着き、どきどきして彼を待っていた。服を自分で買い始めたのもこの頃だ。ジーンズばかり履いていた私が、大慌てでスカ

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