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若い時の苦労 (1分小説)

ボクの家は、円満家庭。

パパは、5つ星レストランを10店舗も経営する勝ち組で、ママは、元キャビンアテンダント。

ボクは、愛情いっぱい育てられ、何不自由なく生きてきた。

パパの社交的な性格と、ママの容姿を引き継ぎ、友人や女性にも恵まれている。

幼稚園から大学まで、エスカレーター式の坊ちゃま学校に通ってきたから、受験や貧乏という、泥臭い青春とは無縁だ。

平和な21年を過ごし、来年はいよいよ社会人。

パパの強力なコネで、大手に就職できることは決まっているけど、社会人ともなると、こんなに甘い人生が続かないことは分かっている。

嫌な上司とかいるんだろうな。厳しい競争社会に打ち勝てるだろうか。

苦労の免疫がないだけに、不安だ。


そんな時、通学路の電柱に、妙な広告を見つけた。

「オープニングセール!さまざまな人が味わった『苦労の過去』を売っています。

あなたも、免疫をつけて厳しい未来に打ち勝とう」

さっそく、行ってみることにした。


細かく仕切られた戸棚には、数千種類ものガラス瓶が並べられてあった。

『後藤大輝 (スパルタな父親との生活)』 『並木恵(ヒステリックな母親との争い)』『奥谷久也(ひもじい極貧生活)』。

ラベルには、それぞれ、細かい字で体験した人の不幸が書かれている。

『佐川かすみ(大失恋して意気消沈)』も買っておこう。

合計8個入れて、レジへ持って行くと、店員は言った。

「乱用にご注意ください。副作用がありますので」


【5年後】

「最近の若者は、キツい局面にぶち当たると、言い訳するか辞めてしまうが、キミは凄くタフだな」

専務は、ボクを高く評価してくれている。

「ありがとうございます。“若い時の苦労は買ってでもしろ”といいますから」。

「きっと、辛い経験を重ねてきたんだろうね。キミを次期社長に、という声が出始めている。

いずれ、社長の二代目息子と対峙しなければならない時がやってくるだろうから、心の準備をしておくように」

あぁ、二代目なら知ってる。先月入社してきた、色白のボンボンだろ。


【苦労店】

「『葉山正吉(ケンカが耐えない両親との生活)』 『間宮彩佳(ライバルとの戦い)』 『田畑佐紀(いがみ合うカップル)』、とりあえず、このあたり買って免疫つけておこうか」

計20個の小箱を入れてレジに持ってゆくと、あの店員がいた。

「先日、お客様と同じ社員章をつけた、色白の若い男性が店に来られました。

『中毒患者との戦い』を買われてゆきましたよ」

二代目に違いない。

…中毒患者って、ボクのこと?

「お客様、そろそろ危険です。今まで、副作用の症状がなかったのが不思議なぐらいですよ。

一度、ぜんぶ、服用されたものを体内から抜かれてみては?解毒しましょう」

店員は、『完全浄化』と書かれたビンを差し出した。




目覚めると、ボクは自分の部屋にいた。


机の上には、ずいぶん身なりのいい中年男性と、美しい中年女性に囲まれた、ボクらしき写真が飾られていた。

家族写真のようにも見えるが、いったい、この中年男女は誰なんだ?

引き出しを開けると、古い新聞広告の切抜きが入っていた。
  

「『幸福店』オープン!さまざまな人が過去に味わった『幸せな過去』を売っています。

あなたも、不幸な人生を、幸せに変えてみませんか?」






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