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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その69


69.    憎っくき木枯こがらし




テレホンカードを公衆電話に入れた。
佐藤さんにつながる電話番号を押した。
大阪の電話番号だ。06から始まっている。
東京に来て初めて意識する06。
大阪に居る時は一度も押したことのない06。




「はい。佐藤です。」




随分と年配の女性の声だ。母親かな?
いや!
でももしかすると今日は調子の悪い本人かも知れない。
母親と間違われたとなると私を完全に入国拒否するだろう。
そんなことには決してなってはいけない。
常盤木氏に顔が立たなくなる。
ここは本人のていで話をするとしよう。




「すいません。昨年面接してもらった真田です。
カナダのワーキングホリデービザが取れたんですけど・・・」




「はい?カナダですか?あー。
今あの子はカナダに居ましてね。ここには居ないんですー。
カナダのほうに電話してもらえますか?」




やはり佐藤さんのお母さんのようだ。
そうか。
あの昨年の面接の時は
日本人を雇う為に日本に帰って来ていると言っていたな。



普段はカナダに住んでいるんだな。
これは実家の電話番号だったんだな。


実家のお母さん。
後ろから聞こえてくるテレビの音。
仕事の匂いが全くしない。
なんか、のどかだなー。



国際色が全くないような
そんな光景でも、
カナダのカントリー感が
すべてを包み込んでくれる。




「すいません。僕この電話番号しか知らなくって。
あのー。カナダの電話番号を教えてもらえないですか?」



「金沢の?!」



「え、いや、カナダの。」



「あ!カナダの!
あ、はいはい!ちょっと待ってね・・・
ぴろりろりろりん♪」



保留中の音で心を和ませた。
しかしテンポの速い曲だ。
まるでテレホンカードの度数の減り具合を
物語っているかのようだ。



ピンピロリン・・・ガチャガチャ
ピンピロリン・・・ガチャガチャ




東京から大阪に電話するだけでも
これだけものすごい勢いでテレホンカードの
度数が減っていくんだから、
カナダになんて掛けたら一気にマイナスに
なるのではないだろうか。
氷点下っぷりが似合う私。
どんなものをもマイナスにするマイナス男。




「お待たせしましたね!
えーっと、では、いきますよ・・・
010の1の、えーっと416の37の44の〇44〇。」



な、長い!
『4』が多い!
しかも『の』も多い!



「すいません!今のは「よん」ですか?
それとも「の」ですか?」



「はい?
よん・いち・ろく・の・さん・よん・よん・の・よん・の・・・」



私は何とかメモをとった。


「ありがとうございました!ここに掛けてみます!」



「そうしてくれますか?」



さてと、
確か国際電話を掛ける方法が本に書いていたはずだ。
地球の歩き方だ。



一度部屋に戻る必要があるな。
出直しだ。



部屋に戻って開けっ放しの押入れに顔を突っ込んだ。
堆くうずだか積み上げられた本の一番上にあるはずだ
『地球の歩き方カナダ』は。
なんせタイムリーなのだから。




しまった!
上から2番目になっていた。
一番上には村上春樹の『羊をめぐる冒険』が
乗っかっていた。
デコピンではじき飛ばした。


<日本から海外にかける場合>これだな。
公衆電話から掛けるから
『KDDIスーパーワールドカード』というのを
買ったほうが良さそうだ。
コンビニで売っているようだ。



買いに行こう!
ついでに安いワインも買うぞ!



押入れの中の靴箱から1万円を取り出した。
いたかたない。
国際電話をしなければならないのだ。
世界の男になる為の必要経費だ。
かっこいいぞ。直樹。


いつものコンビニに入った。
そんなカード類はどこに置いてあるんだろう。
レジのお姉さんに聞くとするか。
あ、あった。
レジの台のこんないつもの場所に
堂々と置いてあるではないか。
気が付かなかった。
一体今までどこを見ていたんだろう。
レジのお姉さんの手か。
横顔になった時のうなじか。
お釣りを受け取る時に触れるか触れないかの手か。
白くて柔らかそうな手しか思い出せない。


「いらっしゃいませ!何かお探しですか?」


しまった!
何も持たずにレジ台をじっと見てるだけなんて
怪しすぎる!


「えーっと、ワインはどこにありますか?」


間違えた!カードを買うんだった!
でも先にワインを取りに行かないといけないと
思ってしまったんだな。失礼失礼。


「ワインですか?ワインでしたら、こちらに・・・」


どうやら案内してくれるようだ。
お姉さんの後ろを歩く私。
結ったポニーテールの後ろ髪に先導される。


「こちらです。」


「あ、ありがとう。」


お姉さんが見ているので
いつもの安い300円のやつより
少し値が張る500円のワインを手に取った。


そのままレジに行こうとする動きをした私を察して
すぐにレジに戻ってくれたお姉さん。


私は高級ワインをレジの台に置いてから言った。


「後それと、この『KDDIスーパーワールドカード』を下さい。」


普段は見せない笑顔を作って言った。


「え?はい・・・あ、これですね。何円のカードにしますか?」


1000・・・いや3000・・・・男だろ直樹?


「5000円のやつでお願いします。」


さらに見栄を張った私。


「はい!少々お待ちください!」


レジのお姉さんは何やら後ろの引き出しからファイルを出してきた。
そこからカードを出してレジに持って来た。



赤ワインを飲みながら国際電話をするなんて素敵な人と
思われながらお店を後にした。



そして電話も引いてない畳の四畳半の部屋に戻って来た。
汗臭くて酒臭い電球も一つ切れている部屋。
何回、部屋を出たり入ったりしているんだ?
しかし今日は全然疲れないな。
楽しいと疲れないのだな。


買ったカードをポケットから引っ張り出した。
透明の袋に小さく折り畳まれた説明書と一緒に
入っている。手順が書いてあった。



説明文を読んだ。
アメリカだと5000円分で100分くらいの通話時間か。
カナダは何分だろう?
同じ国番号「 1 」だから同じなのかな?



あとは
時差を計算しておくとしようか。



マイナス13時間か。
こっちの夜11時くらいがベストか?!
向こうが朝の10時くらいならベストだろうな!きっと!



想像したまえ直樹さんよ。


ちょうど朝の9時に会社に出勤して来て、
凍えた寒い手を温めながら飲むコーヒーを
ぐっと飲み干して、トイレも済ませてから、
ぼちぼち仕事に本腰が入れようという時間だろう。

よしっ!
準備は万端だ。
私は安くて酸っぱい赤ワインをラッパ飲みで
ぐっと飲んでから外に出た。





23時になった。
もちろんビールも飲んだ。
飲まなければ声などは全く出ない。



さて電話しよう。
国際電話だ。
世界に羽ばたく国際電話。



バッタ色の公衆電話に
まずはいつものテレホンカードをぶっ刺す。



そして次にさっきコンビニで買った
『KDDIスーパーワールドカード5000』の裏面を見た。



裏面にある銀色のスクラッチ部分を
縁起を担いで500円玉で削っておいた。



削った所に書いてある番号が
私の5千円分のスペシャルな番号だ。



その前にまずは「0055」を押すと書いてある。
「0055」の下に(無料)と書いてあるぞ。
当たりかな?いや違うかな。・・・分かったぞ!



今このバッタ色の電話ボックスに入っている私の
愛しのテレホンカードの残高が減らないという意味だろう。



『KDDIスーパーワールドカード5000』の残高が
減っていくのだから一緒にテレホンカードの残高も
減っていってはボッタクリである。



『カード番号を入力してください。』とアナウンスが流れた。
押した。



『ご利用残高は、ゴ、セン、エン、です。』
五千円の部分だけ異様に機械チックな音声。
間違いない。私の残高だ。



『国番号と相手先の電話番号を押し、
最後にシャープを押してください。』


来たぞ!
いよいよカナダに繋がる一歩手前だぞ!
ここらへんから緊張してきた。



「010の1の・・・ん?1が国番号だから
この010はもう要らないんじゃないか?
1ももう押したから次の4からだな?」




大きな独り言が狭いボックスでこだまする。




カナダの電話は日本の電話のように
プルルルーと鳴らずにプープーとなるようだ。
しかしこの音だと上手く繋がってくれるのか
分からないな。



いや、いつもの「プー」でもない。
「プ〜〜」とわずかに震えているように聞こえる。



「プ」の後に小さく「ル」が鳴っているのに
私の耳には聞こえないのかも知れない。
「Ru」ではなくて「L」と鳴っているから
日本人耳の私には「プー」にしか聞こえないのかも知れない。
「Pu・Ru・Ru・Ru」ではなく「P・L・L・L」と鳴っているの
かもしれ・・・・


「ナァーショノォゥ!」



いきなりの叫び声!
「ハロゥ!」とか「ハーイ!」とかを
期待していた私。



きっと怖い顔のおっさんの声だと
いうことしかわからない。



いったい何を言っているのか、
さっぱりわからない。
電話なんだから第一声は
「もしもし」の英語版の
「ハロー」で良いのでは?



とりあえずこちらの要件を言おう。
練習はバッチリだ。



「ハ、ハロー。 ナイストゥミーチュウ。
ディス、イズ、サナダ。エクスキューズミー。
メイ、アイ、スピーク、トゥー、ミス・サトウ?」



「・・・・・・・・・・・Satoh?⤴︎」



ん?
受話器の口の部分を手で覆って誰かと話し始めたぞ。
強面こわもてのおっさん。店主か社長か部長クラスだな。


英語で何を言っているのかさっぱり分からないが
さすがは人間である。
こういったものは雰囲気というものがある。
生だと空気で伝わるのだ。


言葉は分からずとも空気が伝えてくれる何かがある。



きっと和訳するとこうなるはずだ。
雰囲気でわかる。


「アホな日本人のガキんちょがどうやら
サトウと話したいらしいんだけど、
サトウは今日はどこに居る?」


「アホな日本人のガキんちょ?
それなら私が得意です。
代わりに話しましょうか?ボス。」


「はい!ハロー!もしもし!」



オー!日本人が電話に出た!女性だ。
でも佐藤さんっぽくない気がする。
英語での声と日本語での声が全く違って
聞こえる。




「あ、ハロー、もしもし。すいません。
大阪の真田と言いますけど、佐藤さんですか?」



「佐藤は今日は休みでここに居ないんです。
代わりに聞きますよ!どうされました?」



「はい。昨年大阪で面接を受けて
採用してもらったんですけど、
先ほどワーキングホリデーのビザを取得できましたので、
そちらに行ける手筈が整ったんですが・・この後どうすれば、、、」



「・・・・きょ、昨年ですか?
ちょ、ちょっと、、待ってくださいね。」



カナダには保留音がないらしい。



受話器を手で押さえていても
聞こえてくる英語が保留音のようなもんだ。
ペラペラペラペラ。
すばらしい流暢な英語での会話が聞こえる。
全く何を言っているかわからないが、
驚いているような感じの話しっぷり。



おっさんの声は罵倒している感じも見受けられる。
あれれ?なんでだろう?どうしたんだろう?
なんか思っていた感じと全然違う感じになって来たぞ。



先ほどの女性も佐藤さんと同じスタッフだとすると
昨年の事を知らないはずはない。
でも私が昨年と言った時に驚いていた。




まあでも佐藤さんと繋がれば一件落着するはずだ。



私の記憶は確かだ。
昨年のこの時期に常盤木氏と面接を受けに行った。
大阪の江坂だった。カントリー風のカフェだった。
そして採用された。
でもその後ワーキングホリデーのビザを取ろうとしたら
もう締め切られていて取れなかった。
でも佐藤さんが
「また一年後になっても、あなたたちは採用になるので、
もしあなたたちが来たいのなら、
来年ビザが取れたら連絡くださいね。」
と佐藤さんに言われたんだ。
これだ。これで間違いない。
この順番で合っている。




日本語も英語もペラペラの
先ほどの女の人が受話器に戻って来たようだ。



「ハロー!もしもし!」


「あ、はい!ハロー!もしもし!」



なぜいったん「ハロー」をあいだに入れるのか。
こちらも律儀に「ハロー」を挟んでしまうではないか。




「えーっとですね・・・すでに来年度の採用枠は終了していて、
しかもあなたのことは誰も聞いていないんですけど、明日また佐藤に聞いておくので、連絡先を教えてくれますか?」


頭がボーッとした。
(アナタノコト・ダレモシラナイヨ)



「えーっと、僕電話を持ってないので、
また明日こちらから電話します!」



後ろから、
「ノーウェイ!ノーウェイ!」と
言っているおっさんの唸り声が聞こえてくる。
何者か知らぬがきっと私たちの運命を、
葉巻を持っていない方の手に強く握りしめている。



地位は高そうだ。そして気難しそうだ。
ノーウェイってどういう意味だろう?



「わかりました。
佐藤には私から伝えておきます。
では、ごきげんよう。ぷーぷーぷー」



あっさりとした電話の切れ味だ。
機械の音声が鳴った。


「フォーティーン・ミニッツ・・」


優しい音声が私が使った時間を教えてくれている。
KDDIの国際電話専用のカードが私の背中をさすって
慰めてくれている。




私は呆然とした。
電話ボックスの開けにくいドアを手と足で開けながら
思った。



(あれれれれ?どうなってるんだ?
話が違って来たぞ?本当にカナダに行けるのか?)



雲行きが怪しくなってきたぞ。
そして本当に雨が降って来た。




もしダメだったらどうしようか考えながら歩いた。
雨が全く気にならなかった。



佐藤さんと話をしてもダメだったら?
それでもカナダに行ってしまおうか?
常盤木氏はバッチリ準備を整えてくるだろう。



なんて言おうか。



「実はカナダに行っても仕事と住む所がないんだぁ。
今から金を貯める時間もないし。
どうだろう?ここは駅前を寝ぐらにしてギターを持って行って
歌って日銭を稼ぐというのは?」



きっと常盤木氏なら、こう言うだろう。




「じゃあ俺が歌うから、ギターの練習しとけな。」




これしか思い付かない。
もう飲まずにはいられない。



自分の部屋の冷蔵庫に待っている
バーゲンブローに謝りを入れて
コンビニで黒ビールを買った。
今の私に似合う色。
今日は濃いのを頼む。



コンビニから出た瞬間にプシュッといわせた。
雨なんてなんとも思わない。
一緒に飲んでやる。



家の前のポストまで来て
立ち止まって上を見た。



桜の木の枝に一枚だけ生き延びていた葉っぱのように
ワーキングホリデービザの用紙が枝から離れて
風に乗って遥か彼方の空に飛んでいく風景を
脳裏にチラつかせた。



木枯らしが憎かった。



〜つづく〜

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