文章で人を泣かせる方法
あなたは文章で
人を泣かせたことがありますか?
もちろん相手を“泣かそう”と狙った
文章に限ります。
それが善意でも悪意でもかまいません。
いずれにしろ人を文章で泣かせることは、
この上なく気持ちのいいことです。
わたしがはじめて文章で人を泣かせたのは
高校3年のときでした。
相手は生活指導の体育教師。
――40年ほど前、当時はまだ
脳筋なんて言葉はなかったのですが、
その体育教師はまさにそのタイプでした。
生徒を奴隷のように扱い、えばり散らす。
染色体レベルが人間よりゴリラに近い
類人猿のようなおっさんでした。
その頃、わたしの高校は
伝統的に更衣室が喫煙所になっていました。
更衣室の大型換気扇に
タバコの煙をフーッと吐き出せば
セーフと信じられていたのです。
そんな安全地帯で
わたしがワル気分に浸っていると、
ドアを蹴破る勢いで、
その脳筋教師がとび込んできました。
わたしにできる事は、
「あっ!」というマヌケな声を漏らすぐらい。
次の瞬間には、
火のついたセブンスターごとビンタされて、
背後のロッカーの角に後頭部をぶつけ、
ダブルの痛みに悶絶していました。
次の仕置きは職員室までの引き回しプレイ。
これが今でもトラウマになるほど
つらい経験でした。
鼻血を抑え、
ほっぺたに大きな手形をつけた
涙目のわたしをすれ違う男女の生徒たちが
クスクスと笑うのです。
カーッと悔しさが込み上げて
涙が止まらなくなりました。
ガラスの少年時代に、
「泣き顔を見られる」
これほどの屈辱はありません。
職員室での脳筋教師の説教は全く記憶になく、
覚えていることは
停学にしない条件に反省文を原稿用紙2枚
書いてくるように言われたことでした。
「学校でタバコを吸ってすいませんでした。二度とやりません」
1行ですむ内容をどうやって40行にしろというのか?
ひとつも反省してないのに反省している風にするにはどうすればいいか?
そもそも類人猿が字を読めるのか?
いろいろな疑問が浮かび上がりました。
たどり着いたのは、
「反省文なんてどうせウソじゃん」
どうせウソなら教師と生徒の感動物語にしてやろう。
それで奴が感動して泣けば、
泣かし返しでチャラだ。
わたしは復讐と名誉挽回のために知恵を絞り反省文を書きました。
2日後の放課後、
脳筋教師は自分の職員室のデスクの前にわたしを立たせ、
原稿用紙2枚の反省文をふんぞり返って
黙読しました。
職員室には、
再びわたしがビンタされる瞬間を見ようと
同級生がウロウロしています。
脳筋教師は反省文を読み終えると
下を向きプルプルと震え出しました。
『……あざとすぎたか』
という後悔が頭をよぎります。
同級生たちは、
わたしの鼻血がまた見られるとワクワクです。
ところが顔をあげた脳筋教師の目には
涙があふれていました。
そして、わたしの手をグッと掴むと
強引に握手をしてきたのです。
「お前とは長い付き合いになりそうだな」
このとき、
わたしは復讐に成功した喜びと、
人を文章で泣かせた快感を味わいました。
フワッと身体が浮くような万能感が
全身を駆けめぐるのです。
このクセになる快感、
人を文章で泣かせばもれなく味わえます。
人を泣かせる文章を書くコツは、
とにかく人生で一番ムカつく出来事。
それをやった奴を
どうやったら泣かせられるか?
それを深く深く考えることです。
わたしが脳筋教師のことで
まず思い浮かべるのは、
類人猿のくせにいつもカワイイ弁当を食べている、でした。
先輩情報によると、
脳筋教師は教え子と結婚したらしいのです。
……きっとその女子生徒の弱みを掴み、
それをネタに結婚にこぎつけたに違いない。
そうゲス確信したが、違いました。
にわかに信じられませんが、
脳筋教師は生活指導を担当するまでは、
人気教師だったらしいのです。
かつての人気教師が、
生活指導という立場になって、
あえて嫌われ役をやっているというのです。
そこでわたしはこんな内容を
反省文に入れました。
『朝早くから校門に立って
「ネクタイをちゃんと締めろ」
「靴のかかと踏むな」
とかネチネチやって何が楽しんだよ。
この変態ザルと、
先生のことを見下していました。
俺の頭の中は、
この変態ザルへの仕返しでいっぱいで、
いい手はないかと先輩に相談しました。
すると逆に叱られてしまいました。
先輩によると、
かつての先生は
生徒思いの人気者だったと言うのです。
は? 変態ザルが人気者?
違う先生じゃないの?
……じゃあ、なんで
人気教師が嫌われ役になったの?
仕返しより、そっちが気になりました。
ひとりでそのことばかり考えました。
もしかして生徒のため?
生徒のために心を鬼にしているの?
慕われることより、
あえて嫌われることをするって
どんなに辛いことだろう?
すげぇカッコいいと思った。
それに比べて俺はなんなんだ……
ちっちゃすぎる。
俺にはなにができる?
反抗じゃなくて
先生の仕事を少しでも減らすこと……。
俺は生まれ変わることにした。
あのビンタが俺の目を覚ましました。』
こんな風に
反抗的な生徒が
バカにしていた教師を見直し、
心を入れ替えるという
ベタなストーリーをでっち上げました。
その狙いは、
わたしが想像した以上に
ジャストミートしたようです。
それ以来、脳筋教師は
わたしを弟のように扱い、
制服からタバコのにおいを
プンプンさせていても怒らなくなりました。
鬼教師の行動としては矛盾していますが、
ただひとり自分を尊敬してくれる生徒を
失いたくないという
人間的な一面だったのかもしれません。
たった原稿用紙二枚で、
人ってこうも変わるものかと
驚いたのを覚えています。
このように人を泣かせるコツがわかったら、
いずれ笑わせられるようにもなります。
そうなったらあなたは最強です。
今度はあのムカつく奴を
こうやって泣かせてやろう。
ここで笑わせてやろうと
作戦を練ればいいのです。
まずは今一番嫌いな人のことを
想い浮かべて下さい。
そしてどうして
その人が嫌いなのか?
その人はどうして
そんなイヤなことをするのか?
なぜそんな行動をするようになったのか、
できる範囲で調査して下さい。
知らなかった事実が見つかればラッキーです。
そこを掘り下げてみて下さい。
なにかでっち上げる
ストーリーのネタが見つかるはずです。
そのようにして書いた文章は
他の人の心にも不思議と突き刺さります。
人間誰しも似たような経験があるからです。
そのむかつく奴に飽きたら
別のむかつく奴を思い浮かべてもいいです。
むかつく奴って不思議といっぱいいますからね。
ぜひ試してみてください。
文章で人を泣かせる方法でした。