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密室。希望退職の面談で、何が話されているのか。転職定着マイスター川野智己

 会社の整理解雇の一つ、希望退職はどう行われているのか。
 応じるつもりの人も、応じたくない人も知っておこう。

  コロナ禍による業績悪化などで、早期退職や希望退職を募集する上場企業が2年連続で80社を超えた。

 東京商工リサーチによると、2021年に早期・希望退職者を募集した上場企業は84社(2020年は93社)。募集人数は、人数を公表した69社で計1万5892人(2020年は1万8635人)に達しており、2年連続で1万5000人を超えた。
 募集企業の半数以上に当たる47社は募集直近の本決算で赤字を計上し、アパレルを中心に募集が目立っている。(オトナンサー編集部1月28日調査)

  会社は、自らが主導する解雇は避けたい。
 のちのち訴訟など、多くのトラブルに巻き込まれるからだ。

 訴訟に伴う、弁護士費用や割かれる人件費などの負担とともに、結局は他の社員にも知れわたることになり、大きなモチベーションダウンを招く。
 会社側は、できることなら、社員が自らの意志で退職を決めた形にしたいというわけだ。

  そこで行われるのが、希望退職の募集である。
 希望退職とは、「退職金を割り増しにするので辞める人いませんか」と、社内に広く募る制度のことである。

 

1 応じてしまう人間心理


  昨今は、ネットでの電子商取引が盛んだが、未だに高齢者や主婦の方には、テレビショッピング、テレビ通販が盛んであり、多くの売り上げを上げている。
 具体的な市場規模は、在宅勤務の急増により、ここ10年は、5000億円から5800億円とむしろ規模を拡大させているというのだ。
 言葉巧みなプレゼンで、思わず財布の紐が緩んでしまうらしい。

  実は、この通販の心理テクニックは、希望退職で社員から応募(自主退職)の意向を引き出す過程で、巧妙に活用されている。
 以下、通販と対比して、希望退職について語りたい。

  ちなみに、通販で視聴者の意思決定を促し、商品を買わせる、お金を引き出す方法は以下のとおりだ。


①課題・悩みの明確化と共有


 テレビ通販では、
 「切れませんね。この包丁は。せっかく買ってきたトマトがこのように潰れてしまいました。これでは、サラダも台無しですね。お困りの方も多いのではないでしょうか。」
 と、目の前に課題・悩みをまずは提示し、それを視聴者に共有させる。

  

②容易に解決できないジレンマを改めて認識させる


 「でも、刃先を研ぐための研ぎ石、ご自宅にございますか?あったとしてもうまく使いこなせないのではないでしょうか。」
 ここで視聴者は、ではどうしたらよいのかと葛藤を抱く。不安定な心理状態を意図的に作りだすのだ。

  

③解決策を提示する


 「でも、ご覧ください。この新商品『スムースナイフ』を使えば、このとおり切れ味抜群です!」
 負担(金銭的支払い)を凌駕する大きなメリット(切れ味)があるとの解決策が示される。

  

④選ばれし者、限定者のみだと伝える


 「今回は、この番組をご覧になっている『美味しい料理で家族を囲みたい素敵な奥様』のみに限定して、特別価格で販売いたします。」
 と、視聴者のプライドをくすぐる。気持ちよく意思決定させるのだ。

  

⑤不安を除去する


 「確かに安いお品ではございませんが、分割支払いで、〇千円の12回払い。毎週1杯のコーヒー分の金額に過ぎません。なお、今なら、更にもう一本差し上げます。」
 と、購入を躊躇する視聴者の背中を押す一言を添えている。不安要因を先取りして除去している。

  

⑥意思決定を急がせる


「この電話番号におかけください。今日の〇時まで受け付けます。お急ぎください。」
 と、周囲に相談する時間も与えずに意思決定を促している。急かしている。時間を与えると人間は意思決定を躊躇するからだ。


 2 希望退職の面談の会話の内容

  前述の、テレビショッピングのノウハウに沿って、希望退職面談の流れを見てみよう。見事なまでに活用されている。

 ある気弱な社員が、本社から来た役員と人事部長、上司との3対1の面談が、個室で行われているという設定だ。
 名目は「キャリア面談」と、一応名付けられた場である。

  

①課題・悩みの明確化と共有


 「ご存じのとおり、わが社の経営状態も思わしくない。中でも、あなたの所属する部門の業績が社全体の財務状況を大きく圧迫しているのは分かるよね。あなたも含めて私たち全従業員も、今後の生活が大いに不安に感じているのだ。」
 それまでは社内通知や上司から間接的に聴かされていた内容を、本部の役員から改めて密室の場で生々しく吐露されると、社員として、否が応でも、我が事(わがこと)として実感させられることになる。

  

②容易に解決できないジレンマを改めて認識させる


 「かといって、既存の顧客への売り上げも漸減しているし、新商品開発もままならない。これでは、社員全員の退職金も払えなくなる。手を尽くしたのだが。。残念ながら、あなたの活躍できる仕事は、この会社にもう用意は出来なくなったんだ。」
 と言われ、聴き手の社員にとっては、ではどうしたらよいのか極めて不安定な心理状態が作られる。
 この不安定な状態を一刻も早く解消したいと、解決策を渇望する心理状態に置かれることになる。
 それが多少危うい解決策であっても、社員には魅力的に映ってしまうのだ。

 

③解決策を提示する


 「せめて、あなたのような将来ある人だけでも退職金を支給してあげたいんだ。この希望退職の募集は、社員にとっても決して悪い話ではない。あなたもお子さんがまだ小さい。こんな会社よりも将来ある会社で不安なく働いた方が良い。」
 と、会社側は希望退職制度への応募を促してくる。
 不安定な心理に置かれた社員は、少なくとも、どんな制度の内容か、その詳細の説明に耳を傾けるように、心理的に誘導される。

  

④あなたは選ばれし者、限定者のみだと伝える


 「あなたは、これまでの自分の処遇に不満を持っているのかも知れない。出世が遅いなどね。でもね、あなたは損をしている。もったいない。こんな業績の悪い部署に配属されたばかりに。気の毒だ。本来はもっと活躍できる人だと、俺は思っていたんだ。」
 と、社員のプライドをくすぐる。気持ちよく意思決定できるよう土台を作っている。

  

⑤社員の不安を除去する


 「応募するなら、わが社としてもあなたを応援したいんだ。再就職支援会社と契約した。あなたの再就職の支援をするサービスを受けられるようになる。転職先を探してくれたり、履歴書の書き方を指導してくれるらしい。現に、そのサービスで良い会社に転職できた人も大勢いるらしい。可能なら僕が応募したいくらいだよ(苦笑)。ここまで手厚いサポートする会社はなかなか無いよ。わが社の金庫にまだ金がある今のうちだから出来ることなんだよ。」
 と、応募を躊躇する社員の背中を押す。
 社員の不安要因を先取りして除去しようとしている。

  

⑥意思決定を急がせる


「この第一段の募集以降は応募の条件が悪くなるよ。次の応募だと退職金の割増額も下がるらしい。これから、矢継ぎ早に厳しい解雇策が提示される。だから、今のうちに応募は急ぎなさい。この希望退職制度も応募枠がいっぱいになると締め切られるからね。それと、応募するかどうかは他の社員に相談しないほうが良いよ。万が一、応募しても会社が認めなければ、君は宙ぶらりんとなり、居づらくなった状態で勤務を続けなければならなくなるよ。」
 と、周囲に相談する時間も社員に与えずに意思決定を促すのだ。 


3 応募したくないなら

  毅然として、
 「応募する意思はありません。」
 と明言するべきだ。

 更に、
「考え直すつもりはありません。二度と、このような面談の場を設けないでください。」
 と言葉を添えるのだ。

 もう会社は誘ってこないはずだ。
 何故ならば、それ以上誘えば「退職強要」として会社が罰せられることになるからだ。

 心が揺れる状態で意思決定してはならない。
 密室での話し合いが行われることは、誰にも聞かれたくない話をするつもりだからだ。
 応募者を集めることが出来なければ、面接の反対側に座っていた3人の責任が問われることになる。

 やるかやられるか。食うか食われるか。
 コロナ禍では、悲しき生存競争が、私たち働き手のすぐそばまで迫っているのだ。

 完

※転職定着マイスター川野智己よりお知らせ。

「今回の投稿はいかがだったでしょうか。今後とも、難しい人事労務や法律の話を、面白可笑しく、かつ分かりやすくお伝えする「おもわか」シリーズにご期待ください。
 なお、私は、転職定着マイスターとしてオンラインセミナーサイトのストアカ(会員数52万人)にて、オンラインセミナーを開催しています。転職者の転職先での人間関係を解決する講座です。大手人材紹介会社での教育研修B長としての経験をノウハウにして詰め込んでいます。お陰様で高い評判(レビュー)をいただいています。90分間で受講料1,000円のお手軽な金額設定で開催しいています。是非、受講をお待ちしております。

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