密室。事件は会議室で起きている。本社内で人事評価はどう決まっているのか。by転職定着マイスター川野智己
「これからは、目の前の１年先輩が君たちのメンター（指導社員）として、いろいろ教えてくれる。彼らは、この1年で立派な組織人となった。君ら新入社員も、彼らから学ぶことも多いだろう。」
新入社員を前に話す人事課長の、その眼鏡の奥がきらりと光った。
「おい、義男。うちの人事評価制度は公平に行われているんだろう？」
隣の同期から、こう聴かれた森川は、場所が場所なだけに、なんと答えれば良いか困った瞬間だった。
森川義男。23歳。大手の石油会社に勤務している。昨年の春に新入社員として入社した。
配属先は、なんといきなり人事部。
人畜無害。口が堅い男と思われたようだ。
現場で油まみれで働いている同期の悪友にとってみれば、どうやら、人事部は興味深々の部署のようで、「本当にそうなのか。」といった興味本位の質問に晒されてきた1年だった。
彼、森川の吐露を聴いてみよう。
◇
今日は、新入社員の入社式です。
１年先輩の我々は、「メンター（指導社員）」という役目を仰せつかり、久しぶりに、この本社に１年ぶりに同期同士で集まっているんだ。
「おい、俺の人事評価はＣ評価だったぞ。上司に聴いたら『俺はＡ評価をつけた。人事部が勝手にＣ評価に下げたんだ。本社に行くなら、そのことを自分で聞いてこい。』と言われたんだ。おい、お前森川に聴いてるんだよ。人事マンさんよ。」
いやはや、久しぶりの再会を祝しての、その夜の本社近郊の居酒屋でも、同期からこんなことを言われるのか。。。
なんでもかんでも人事部の責任にしやがって。
それに、疑問があるなら、評価を実際に決めている役員に直接聴けよ。
お前ら、そんな度胸も無いくせに。言いやすいからといって、僕に聴くなよ。
僕も、べらべらと話をしてぶちまけたいよ。本当はな。
だけど、僕が話した会話は尾ひれがついて、全国の支店に流すくせに。。。
なんで、みんな、人事部の裏話を聴きたいんだろうね。
ワイドショー並みだな、お前らは。
そうもいかないんだよ。
勘弁してくれよ。
僕は、上司の人事課長（金ぶちメガネ）の命令で、エクセルシートを作ってるだけだ。
社員の氏名と所属、年齢、勤続年数、等級と号俸（社員の格付け）、基本給額、過去３年間の人事評価、当年度の第１次評価と第２次評価の点数と評語（５段階評価なら、Ｓ評価からＤ評価までのアルファベット：ＳＡＢＣＤ）を入力したシートの一覧表のことだよ。
だから、全社員９００名分の人事評価なんて、そりゃあ僕は知ってるよ。
え？言えるか！そんなこと。
最初は、自分も興味本位でワクワクしたけど、しばらくすると、人の裸と同じで、慣れると何も感じなくなるよ。昔の風呂屋の番台のようなものさ。もっとも、風呂屋なんて行ったことないけど。。。
なに、自分の支店の支店長宛に、僕が人事課長と一緒に来ただろうって？
行ったよ。
よく見てるな。お前も。
もっとも、課長のカバン持ちに過ぎないよ。
「人事評価委員会の場で、（評価結果を入力した）エクセルシートを役員に渡すだけでは、人事の役割を果たしたことにならない。これから各支店の支店長にヒアリングに行く。人事評価シートには書ききれない、（生々しくて）書けない情報を、各支店から仕入れに行く。」と、金ぶちメガネが言うのさ。
部下だから同行するのも当たり前だろう。好き好んで出かけているわけじゃないさ。
行けば行ったで、支店長は大張り切りさ。大歓迎さ。
基本的には、支店長は、自分の配下の部下には良い点数をつけさせたい。
良い顔したいかね。部下に。
「この俺が、お前らの給料を上げてやった。」
と言えるからさ。支店長も手柄が欲しいんだ。
「絶対に、この後の本社評価で彼を減点させるなよ。」
と、人事課長にくぎを刺している光景なんていつものことさ。
逆に、気に入らない部下や能力の低い部下のことは、支店長はボロクソに言うよ。
「さっさと、他の支店に異動させろ。こんなやつ、さっさと追い出したいんだ。」
と言う具合にね。
まあ、勝手なもんだ。私物化だね。
営業成績が部下でも、気に入らなければ、「そこまで言うか。」とばかりに、悪く言うよ。
規律性、積極性、協調性などと言った評価シートの評価基準なんて関係なしさ。エモーショナル、感情至上主義ってやつさ。
ご都合主義？
たまには良いこと言うね。お前も。まあ、そんなところだな。
本社では、人事評価委員会という会合を設けて、例のエクセルシートの帳票と、人事課長が仕入れてきた例の非公式な情報（支店長からの要望）をネタにして決められるのさ。
なに？規定にある評価シートの評価項目だけで決められるはずではないかって？社内規定の違反だと？
もしそうなら、人事評価委員会と称して、役員がわざわざ集まる必要がないじゃないか。考えてみればわかるだろう。
青臭いこと言うね。僕たちは、もう大人なんじゃないのか。
さっきの支店長の戯言（たわごと）を持ち帰って、本社は、どう扱うのか気になるかい？
それって、面白いことに、その支店長自身の評価次第なんだよね。
役員から評価されている（認められている）支店長の発言なら、
「あいつがそこまで言ってるなら、きっとその部下の社員に問題があるんだろう。最低評価にしておけ。」と、なるんだ。
逆に、その支店長自身が役員・本社から評判悪い人物であるなら、
「あいつは、自分の至らなさを部下の責任にしている。部下が可哀そうだ。」
とされ、支店長の方を評価を下げることにしている。
他にも、雇止め（解雇）したい人物は、評価シート配布前から既にリストアップされており、「○○社員については分かってるよな。ヤツには、悪い評価の評価Ｄをつけておけ。」
と、本社から支店長に事前に指示があるのさ。
逆に、来春昇格させたい候補の社員に関しては、一応、今期の人事評価の結果次第で決定されると規定には書いてあるけどさ。。。。。まあ、それはそれだよ。評価シートの配布と同時に、なんと、その昇格候補者の氏名リストが事前に添付されているんだ。
それでも、その候補社員の評価を悪くつけられる支店長なんていると思うか。
まあ、どの世界にも、出来レースはあるし、安定的な経営の実現の為には、必要悪なのかもしれない。
お前からすれば、本社もご都合主義だと言うのかも知れないがね。
昔のテレビ番組で、芸能人の運動会では、視聴率のとれる人気者のアイドルがリレーや水泳で優勝するようになっていたそうじゃないか。視聴者も喜ぶし、スポンサーも喜ぶ。皆がハッピーだろ。予定調和も、一概に悪いとは言えないさ。
そんな本社の意向（考え）を、薄々感じとっている支店長は、最初から本社の考えを見通した評価を先回りしてつけておくようになるよ。
日本語でなんて言ったかな。
そうそう、忖度（そんたく）だよ。
日本人は、場の空気を読むことが得意だからね。
ところで、冒頭の同期からの質問『評価は公平に行われているんだろう？』についてまだお前は答えていないって？
ここまで言えば、わかるだろう。
公平じゃないかも知れないけど、公正だと俺は思うよ。
お前も、1年で変わったって？
僕がかい？
「立派な、組織人になった」
との誉め言葉として受け取っておくよ。
以 上
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