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後編 敵か味方か。労働者に近づく外部ユニオン(労組)。その実像と虚像に迫る by転職定着マイスター川野智己

 味方であったはずの外部ユニオンから裏切られ、人生を棒に振った男の話である。

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 池内インキ㈱に、営業マンとして長年勤務していた持田健太郎(39歳)。
 今は、異動で得意先の倉庫に机を置き、独り勤務している。
社外の労働組合である合同労組「ABCユニオン」に加入したのは、自分の身に降りかかった閑職への異動・降格・減給がきっかけであった。
 月額千円という破格な組合費で、自分の為に粉骨砕身、会社側と交渉してくれている。
 持田は、ユニオンには感謝とともに、大きな期待をしていた。
 自分が営業マンに復帰でき、減給額も取り戻せるようになるとの期待だ。

 ここまでが、前回記事「本当に味方?労働者に近づく外部ユニオン(労組)。その実像と虚像」のあらすじである。
 詳細は、以下の記事をご覧いただきたい。


 ここは、新橋にある合同労組「ABCユニオン」の事務所。
 築50年の雑居ビルにあるこの事務所は、経費節減の為か、暖房が切られており、寒々としている。
 しかし、寒いのは、空調のせいだけでは無かった。

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 持田は、仲間であるはずのユニオンの職員から責められていた。
「持田さんよ。前回の団体交渉(経営側と労組との交渉)のときに、経営側に対して机を叩いただろ。ああされと困るんだよ。俺たちは口では恫喝するが、手は出さない。何故かわかるか。経営側に団体交渉を拒否する正当な理由を与えてしまうんだよ!暴力行為でまともな交渉が出来ないと主張されて。おい、わかってるのか!机なんか叩きやがって!」
 と、一人の職員は、机を叩いてきた。

「持田さんのお気持ちもわかりますよ。これまで酷い処遇を受けたんですものね。でも、私たちの武器は、労働組合法で守られている権利、つまり、団体交渉に誠実に応じる義務が経営側にある。労働者は交渉する権利がある。そこで、不誠実交渉の言質を掴む。そこを攻める。ここなんですよ。だから、団体交渉自体を失うことは絶対避けなければなりませんからね。ご理解くださいね。」と、別の職員は優しく声をかけてきた。

 ユニオンの二人の職員は、いずれも対照的なタイプだ。
 恫喝役となだめ役がペアを組んで経営側と対峙している。
 持田は、その構図が自分に向けられていると感じた。
 その一方で、月額組合費がたった千円であるにも関わらず、ここまで熱心に自分のことを考えてくれることに、感謝の気持ちも未だにあった。


 結局、感情的になる持田が、引き続き交渉に同席することは、交渉停止のリスクが伴うという判断になり、次回の交渉は持田は出席せず、ユニオンの職員2名のみでの交渉となった。

 同席できたとしても、結局何もできない持田ではあったが、彼の欠席が、その後の経営側の怒涛の攻めを呼び、形勢逆転を生むとは、この時点では持田もユニオン職員も誰もわからなかった。

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 ユニオン職員の顔には落胆の色が隠せなかった。
 ここは、持田が欠席した団体交渉の場。
「これが、わが社の持田社員の人事評価記録です。ご要望をいただいたので、このとおりお渡しします。」
団体交渉の場で、経営側から提示された人事評価記録には、事細かに持田の仕事上の失敗が書かれていたからだ。

 このような詳細な資料を、会社側から提示されたら、持田の降格が不当だとは主張できなくなる。
 ユニオン職員は焦った。
 まさか、こんな詳細な記録が、残っているとは想定外だったのだ。
「こんなものは根拠に乏しい。正当性などない。事実と異なる。不誠実だ。」
ユニオンの職員は必死に抗弁した。

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 すると、総務部長は、にやりと笑い、
「前回の貴組合のご要望に沿い、今回は詳細な資料をご提示申し上げたのです。だからこそ、当然、この場に、うちの社員の持田社員が同席されているはずだと理解していました。疑問な点、反論すべき点ががあれば、この場で、直接、彼本人からご主張をお聞かせいただけるものと期待していたのです。あれれ?何故、今日、彼は欠席されたのでしょうか。今日の開催日も、もとはと言えば、貴組合のご要望に応じた日程です。かような状況では、これ以上、交渉を重ねても意味があるのでしょうか。貴組合の交渉に誠実性を感じません。」
 貸会議室に、総務部長の甲高い乾いた声が響いた。


「持田さん。これ以上、あなたの団体交渉に我々ユニオン側の同席は出来ない。経営側との交渉は、今後は、貴方が独りで勝手に行なってください。」
 持田は、受話器の向こうから聞こえるユニオン職員の事務的で唐突な話に呆然と聞き入っていた。
 当然、独りで交渉できる知識もスキルも、そして何よりも度胸もあるはずがない。だから、ユニオンに加入したのだ。
 何の支援も受けられないとなった今となっては、安いと感じた月額千円の会費も今や負担に感じ、合同ユニオンを退会したのは言うまでもない。

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 独り寂しい倉庫勤務に、来訪者があったのは、退会後3週間後だった。
 顧問(64歳)が毎年定例の業務監査のために、倉庫に来訪したのだ。

「持田さん、久しぶりだね。元気かい。。。。。ずいぶん、痩せたなあ。大変だったな。今回の件は。」
 顧問は、元総務担当常務で、人事労務のエキスパートだった人だ。
 住まいが近所で、昔から家族同然の付き合いをしていた。
「ええ、もう会社に居られないと悩んでいるのです。」
「もっと、早い段階から、僕に相談してくれれば良かったのに。」
 倉庫の高い天井に、持田の嗚咽が響いた。

「あれだけ、自分に同情してくれて、尽力してくれたユニオンさんが、何故、自分から離れてしまったのか。それが、私にはわからないんです。団体交渉時に、僕が戦力になれなかった。きっと、それが原因だと思います。その意味では、ユニオンさんにも申し訳なくって。。。やむなく、また、他のユニオンに加入しようと思ってるんです。どこのユニオンが良いか、ご存じなら、ご紹介いただけますか?」


「ふーっ」
顧問は、たばこの煙を深く吐いた。

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「持田さん、組合費が千円と言ったね。そのユニオン。老朽化ビルとはいえ、都心の新橋のビルに事務所を構え、複数の職員が報酬をもらって生活している。ユニオンはどうやって、収益を挙げているのか、考えたことがあるかい。」
「さあ、わかりません。きっと、会員の人数が膨大なんだと思います。1万人の組合員であれば、月に1000万円の収入になるでしょうから、きっと、毎月の組合員費収入でしょうね。」
「そう思うかい?で、君のように手厚い対応を、1万人の会員全員に対して行うなら、ユニオンに職員が何人必要になるのかな。。」
「そうですね。あり得ないですね。。。上部組織から金が降りているのかな。それとも、国から補助金がでているのでしょうか。」
顧問は、呆れたように、持田の無邪気な顔を見つめていた。
顧問の話は、以下のとおりだった。

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労働組合法で労働組合の権利は守られている。
会社側は、団体交渉に誠実に応じる義務がある。
違反すれば、労働委員会という行政機関から処分が下され、「救済命令」という指導が、会社側に入る。
会社側がそれに更に違反すれば、労働組合法第32条で50万円以下の過料に処せられてしまうのだ。
更に、民事訴訟で、多額の損害賠償請求を起こされてしまう。

企業側は、不当だと争うことも出来るが、「会社の事務所の前でのビラ蒔き」や「得意先への風評被害」「多額の弁護士費用」「対応する人件費や社員への心理的な影響」などを負担に思う。
よって、総合的に考えて、ユニオン側とコッソリ手打ちとして、金銭を払い和解するのが一般的なのだ。

ユニオンは、和解金の振込先を自らの口座とし、自分の分け前(3割か4割)を差し引いて、労働者に渡すのだ。60万円なら、20万円程度分け前を取ることになる。
ユニオンは、労働者の境遇に同情して尽力してくれているのではなく、この分け前が欲しくて労働者に近寄っているのだ。

  交渉や損害賠償のあとに、労働者がどうなろうと、彼らは無関心なのさ。それよりも、どうやって、組合員の勤務先から金を取るか。そのために、ガタガタと騒いだり、挑発したりするのさ。それが彼らの、営業活動なのだ。

「損害賠償金が取れない。商売にならない。攻め口が無い。」と分かったとたんに、持田のもとを離れたのだ。

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「そうだんったんですか。知らなかった。人間不信になりそうです。」
「持田さん、例えば、貴方が喫茶店のウエイターとしようか。勤務先の店に不満があったとしよう。君は休みの日に、屈強な強面のお兄さんを伴って客として勤務先の店に現れたんだよ。君の連れてきたお兄さんは、君の仲間であり同僚であるウエイトレスや店長に対して『コーヒーの出し方が悪い。』『接遇がなっていない』と恫喝したようなものさ。挙句果てに『損害賠償として金を払え。』と、店内で騒ぐだけ騒ぐ。脅かして、動揺させるのさ。その挙句、金が取れないとわかったとたんに、お兄さんは店から出てったのさ。カランコロンと鈴の音とともに喫茶店の扉が閉まった後に、店内に残されたのは、君だけさ。強面のお兄さんは、君の味方ではなかったんだよ。」

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「仮に、私に、ユニオンの分け前が控除された損害賠償金がいくばくかの額で入ったとしても、会社側との修復不可能な感情的な軋轢が残りますので、私にも得することはないですね。考えが及びませんでした。」

「会社側も愚かではない。社外の貸会議室を借りたのは理由があるのさ、『借りた予約時間が迫っているので』と、会場の予約の制約を理由に、団体交渉を早々に切り上げて終わらせることができるし、社内でガタガタ揉められることも無い。社長を交渉の場に同席させなかったのは、その場で決断を迫られることを避ける為さ。」

「でも、会社側も、労働組合法の団体交渉拒否や不誠実交渉で、労働委員会に指導されることを恐れていたのではないでしょうか。」

「何を言ってるんだい。馬鹿じゃないんだから、あからさまに交渉を拒否すること自体はしないのさ。日程の先送りをしたり、のらりくらりの答弁で煙にまく。経営資料を出せと言われたら、差しさわりの無い内容だけを出せばいいのさ。『交渉に応じない』『資料を一切出さない』」と言うから労働委員会から罰せられるのさ。知識の無い中小零細企業が感情的にそう対応するから、ユニオンが儲ける市場が未だにあるということだ。」

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 更に、顧問はつづけた。
「のらりくらりと会社が対応するのは理由があるんだ。長期化すると、困るのはユニオン側だ。団体の資金繰りの関係で、早く収益を挙げなければならないからな。彼らも、団体内で『営業会議』が開かれている。売り上げが見込める企業はどこか。売り上げが見込まない先に、営業マンを引き続き向かわせることはしないからね。」

「私の人事評価に関しても、あんなに、事細かに言動が記録されていたとは知りませんでした。会社側は、ある意味さすがです。我がことながら、記憶にない出来事も多く書かれていましたが。。」
「持田さんよ。」
顧問は、今度は深いため息をついた。


「会社と言うのは、後付けで何でも資料を創作するよ。手段を選ばない。例え虚偽であってもね。あ、これ、あくまでも一般論としておいてくれよ。私も、まだ、この会社との顧問契約が残っているからね。」     完


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34 後編 敵か味方か。労働者に近づく外部ユニオン(労組)。その実像と虚像に迫る

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