秘伝。人間関係力を磨きたいなら食べよう『ハンバーガー理論』 by転職定着マイスター川野智己

　「いらっしゃいませ～。こちらでお召し上がりですか？お持ち帰りですか？それとも、食べもしないで、一生、後悔するつもりですか？」

　畠田満由子（26歳）は、思わずクルー（店員）の顔を見上げた。
　外苑前のファーストフードのレジの前の学生風の女性クルーのことだ。
　そのクルーは、他のクルーと明らかに様子が違っていた。
　ゼロ円でも受け取りたくないほどの、不気味な笑顔を浮かべていた。
　なによりも奇異なのは、顔にピエロのようなペイントを施（ほどこ）していたことだ。

　ハロー・ドナルド君とも違う、場にそぐわない違和感に満ちていた。
　他の客の様子から、どうやらその姿が見えるのは自分だけのようだ、と畠田が気づくのにそう時間はかからなかった。

　「ナ、ナゲットとコーラをください。」
　畠田の注文に、クルーはこう言った。
　「ハンバーガーセットですね。ありがとうございます！」
　
　「え？あっ、う～」
　　戸惑いと怖さで声を出せない畠田は、立ち尽くしていた。
　　ハンバーガーセットなんて、注文していない。
　まるで、誤った情報がなぜか間違いのない事実であるかのように取り上げられ、いわれのない物語となって広がっていくことに恐怖心を覚えていたのだ。
　真子様の気持ちがわかる気がした。

　奥から店長が出てきた。40代後半の中年男性だ。
　恰幅の良い、そして場違いな黒づくめのユニフォームと帽子、歯をむき出しにした作り笑いから、喪黒福造を思わせる姿だ。

　「あなたには、当店のハンバーガーセットが必要です。人間関係に悩んでいますね。私たちは、外のイチョウ並木を歩く人から、心を病んでいる人を選んで、当店の割引チケットを渡し、お店に誘導しているのです。」
　「ど、どうして、私が心を病んでいるとわかったんですか。」
　「銀杏（ぎんなん）の実ですよ。あなたは、避けて歩いていなかった。うわの空だったんですよ。踏んづけて歩いていましたね。」
　畠田は、そこで初めて、自分のパンプスの底からの強烈な悪臭に気づいた。

　「さ、これを食べて元気になりなさい。咀嚼して、噛みしめて、消化吸収し、自分の血や肉にしなさい。人間関係が改善する貴重な栄養になるはずです。私店長からの贈り物です。フォー、フォッフォー。」

　
　畠田は、あふれる涙で見えづらいなか、薄暗い客席についた。
　ヒトの優しさに触れ、嬉しさで涙が止まらなかったのだ。
　贈り物だという割には、しっかりと代金890円を取られたことを除いて。。。

　店内は、一人客ばかりで、下を向いて黙々と、弱々しく食べている姿ばかりだ。
　シェイクをストローで吸い上げられないほど肺活量が弱っている客。
　新品のブラウスにケチャップを付けてしまって呆然自失な客。
　選ばれし者として、畠田も招き入れられたのだ。悪い意味で。

　畠田は、ハンバーガーセットを見つめていた。
　一見、いたって、変わり映えしない普通のセットだ。

　畠田の顔色を変えたのは、セットの下に敷いてある広告紙だ。
　こう書いてある。

　ハンバーガーショップ「FatChicken （太っちょ弱虫）」へようこそ。
　当社では、「ちっとも（Ｃ）、さっぱり（Ｓ）、ろくでもない（Ｒ）」お客様に対して、ハンバーガーセットをご提供し、人間関係力を身につけていただくことを経営理念としています。
　これまでの尊大で不遜な、お客様のその根性を叩き直し、まっとうな人間、真人間になって心改めていただくこと、それを、社会的責任（ＣＳＲ）として標榜している偽善団体です。
　なぜ、このハンバーガーセットを食べると、人間関係力が身に付くのか、ご教示申しあげます。
　その汚い耳をかっぽじってよく聞いてください。一度しか言いません。

１　バンズ（具材を挟むパン）
　これは、お客様の職場環境・周囲の人間を意味しています。一方、挟まれた具材はお客様自身です。
　バンズは、上下（上司と部下）に挟んで、具材つまり貴方を潰していきます。具材の瑞々（みずみず）しさやうま味を吸い取っておきながら、さも自分のうま味であるかのように、貴方の手柄を奪い取ります。
　本来、バンズだけでは価値が無いはずですが、表向きはバンズばかり目立ち、その存在感を醸し出しています。
　しかし、そのバンズが無ければ外見上ハンバーガーとしての体をなさないのです。やむなく、貴方は、否が応でも、この上下のバンズとこれからも付き合っていくのです。

２　具材
　お客様は、この具材そのものです。
　一つ一つ味わっていただき、人間関係力として消化吸収してください。

（１）チーズ
　相手とは、濃厚な関係を築いていきましょう。
　特に、相手が困っているとき、逆に、喜んでいるときなどの感情が高ぶったときは、相手のガードが甘くなります。
　時には「臭い」と思われるくらい、相手に共感したり、同調したりして近づきましょう。
　相手が「とろける」くらいにね。

（２）玉ねぎの輪切り
　上記（１）のチーズ戦法も、まずは「身近な人」から始めてください。
　徐々に関係の輪を広げていくのです。
　いきなり距離感を詰められると相手は違和感を感じます。
　まずは、隣の席、同じ課内、同じフロアの人からアプローチしていきましょう。
　玉ねぎの輪切りのように、徐々に外に広げていきましょう。

（３）ピクルス
　チーズ戦略は、ここぞという時に駆使します。
　普段は、さっぱりと爽やかに振舞いましょう。
　明るい挨拶。清潔な身なり。いたずらに相手の個人的な領域に足を踏み入れない。

（４）マスタード
　時にはピリッと辛口で。
　スイカに塩をまぶすと、逆に甘さが引き立つ。
　同様に、適度な辛さは、あなたのうま味が引き立ちます。
　また、辛さは物忘れを引き起こすとも言います。
　その日の嫌なことを翌日には忘れるのも必要ですよ。

　畠田は、すっかり読み入っていた。
　ますます気を入れて読んでいた。
　セットのコーラの炭酸の気が抜けていることとは裏腹に。

　見渡すと、周囲の席は椅子がテーブルに逆さまに上げられ、掃除機がかけられていた。寂しい音楽とともに。
　どうやら閉店の時間のようだった。

　畠田は、急いで、この紙と食べ残しのセットをカバンに詰めて、家路につくことにした。
　高揚した気持ちを抑えながら。

　続きは、家で読もう。
　すっかり暗くなった並木道。
　暗くとも、今度は上手に銀杏を踏まずに避けていた畠田であった。

（次回に続く）

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　以　上

※参考記事
「困惑。昇進したとたん仲間が疎遠に。ある女性リーダーの戸惑いと決意」

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３３　本当に味方？労働者に近づく外部ユニオン（労組）。その実像と虚像

３２　後編。食べて覚える人間関係。魔法のレシピ『ハンバーガー理論』 おかわり編

３１　秘伝。人間関係力を磨きたいなら食べよう『ハンバーガー理論』

３０　不倫。正妻と愛人が職場で刃物沙汰。何故、役員だけが不問なのか

２９　１・２・３！プロレスラーの人事評価。必殺テキトー固めでギブアップ

２８　給与倍増と心地よさ。気弱な30代女性が役員に。その「穏やかな幸せのつかみ方」

２７　後編。心を病んだ社員の解雇をめぐる、ブラック産業医と主治医の驚くべき結託

２６　実録。心を病んだ彼女は何故クビにされてしまったのか。ブラック産業医の暗躍

２５　密室。事件は会議室で起きている。本社内で人事評価はどう決まっているのか。

２４　秘話。採用テストの実態。採用テスト開発社員の独り言

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１　転職者の転職先での定着のために

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