マガジンのカバー画像

NOVEL

36
運営しているクリエイター

#ショートショート

冬の終わりの始まり

冬の終わりの始まり

梅がほころぶ季節となりました。

寒さがまだ厳しいこの時期に綻ぶ梅の花を、あなたが一番好きだと言っていたことを僕はずっと覚えています。

「冬の終わりの始まりなのよ」

あなたのその言葉が、僕は忘れられずにいます。今でもずっと、梅の花が綻ぶ季節がくるたびに、耳の奥の方でその声が寄せては引いていくのです。冬の空気の緊張感は、この時期は溶けることがなく、春まではまだまだ遠い。それでもあなたは、この季節

もっとみる
泪が三日月を滑り落ちた夜に

泪が三日月を滑り落ちた夜に

帰り道、細く細い三日月が空に浮かんでいた。

空は青とも紫ともピンクとも言えないような、ぼんやりとした色合いだった。私は静脈のように空を覆う枝越しに三日月を見た。細く細い三日月。

私には、その三日月がこちらを向いて笑っているように見えた。決して楽しげな笑顔ではない。三日月から思い出されるのは職場の同僚の冷ややかな嘲笑の口元。嫌な笑顔だ、と思った。その笑顔を思い出して私の胸はしくしくと痛んだ。次第

もっとみる
黒猫とカンパネルラ

黒猫とカンパネルラ

ぼくは公園のベンチに座っていた。

公園はがらんどうだった。
人っ子一人いない。人気のない寂れた公園だ。

この間の日曜日まではとても賑やかで毎日たくさんの人が来ていたのに、あっという間にいつもの寂しい公園に戻ってしまっていた。

本当だったら今週の日曜日、ぼくはこの公園で遊ぶはずだった。今週の日曜日は、期間限定で来ていた移動遊園地の最終日だったんだ。

その日はいつもは忙しいお父さんが、朝から晩

もっとみる
雨の日、遊園地、僕の天使。

雨の日、遊園地、僕の天使。

雨の日だった。
神様が号泣していていたその日、僕は天使に出会ったんだ。

アパートの近くの公園は、普段はとても静かだ。
特別な子ども向けの遊具もなく、とりたてて写真に収めたいような景色もない。
誰のために作られたのかもわからない公園は、いつも閑散としていた。

僕はそんな公園が好きで、すぐ近くのアパートを選んだ、はずだった。

この一ヶ月、その静けさが一変した。
人っこ一人いない公園に、移動遊園地

もっとみる
クリスマスイブ・イブ・イブ

クリスマスイブ・イブ・イブ

まさか12月22日が彼女とのクリスマスデートになるなんて、と隆史はため息混じりで白い息を吐いた。街はクリスマスムード一色で、ショッピングモールもデパートも、クリスマス商戦で大忙しだった。

隆史が今日、街へ繰り出したのも奈月へのクリスマスプレゼントを選ぶためだった。12月10日、街中がクリスマス一色だとしても何の違和感もない。

🎄

「クリスマス、どうしようか?」
隆史が12月に入ってすぐに奈

もっとみる
左側に違和感を感じる、その理由。

左側に違和感を感じる、その理由。

「そういやさ、最近、この辺りギシギシするんやけど」
鉄平が左のこめかみのあたりを撫でた。

「ギシギシってどういうことなん?」
左側の席に座る太一が眉間に皺を寄せ、聞き返す。

「どういうこと、って言われても。ほんとおかしいっちゃん。なんかさ、寝てても起きてても、ちょっと首を捻ろうもんなら、ギシって音がすんの」
そう言いながら鉄平は首を右に倒す。

ギシっ!!

隣の席に座る太一にも、鉄平の左のこ

もっとみる
神様のくれた、画用紙。

神様のくれた、画用紙。

僕は白い場所にいる。
暖かいも寒いもない。あまりに体温と気温が一体となっていて、僕は自分の輪郭がわからない。
溶け込むように僕は白い場所に立っている。

立ちすくむ僕に、神様が近寄ってきた。
そして、一枚の画用紙をくれた。
ここに夢を描きなさい。そして、夢を描いたら、私に持ってきなさい、と。

白い場所の一角に、カラフルな画材。
心が躍る。この色とりどりの場所に名前があるとすれば、可能性。
そんな

もっとみる
短編小説|僕の歯に、服はいらない。

短編小説|僕の歯に、服はいらない。

僕は、人と話すのが苦手だ。

とはいえ、淀みなく話すことができる時もある。
しかし、その時、往々にして僕の言葉は僕を経由しない。

どういう回路になっているのかわからないが、脳と口が、あるいは心と喉が直結しているようで、僕は発言した後に、自分の声を耳にし初めて話している内容を知ることになる。

僕が僕の言葉で話そうとする時、うまく言葉は出てきてくれないというのに。
だから、僕は人と話すのが苦手にな

もっとみる