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クリスマスイブ・イブ・イブ

あらすじ

彼女と初めてのクリスマスを過ごすことができないと残念な気持ちになる隆史。
雨の日の遊園地で天使のような彼女を拾った僕。
学校でいじめられて公園でひとり佇んでいると黒猫を見つけたぼく。
神様のところから逃げてきて間違って黒猫に憑依したアタシ。
衝撃的な言葉でフラれ、拾った黒猫に癒されるサヤカ。
彼氏を実家のクリスマスパーティに無理やり招待して後悔している奈月。

クリスマスと黒猫を巡る恋愛ファンタジーオムニバス小説!



まさか12月22日が彼女とのクリスマスデートになるなんて、と隆史はため息混じりで白い息を吐いた。街はクリスマスに浮かされていて、ショッピングモールもデパートも、クリスマス商戦で大忙しだった。

隆史が今日、街へ繰り出したのも奈月へのクリスマスプレゼントを選ぶためだった。
12月10日。
街はクリスマス一色。

🎄

「クリスマス、どうしようか?」
隆史は12月に入ってすぐに、奈月に尋ねた。
クリスマス一色の街中を二人でデートしていた時だった。プレゼントにチラリと目をやりながら、隆史は奈月に尋ねる。

隆史の質問に奈月は笑顔で答えた。
「実家で過ごすから」

あまりにあっさりした物言いに、隆史は耳を疑った。
じ、実家?! 一緒に過ごせないわけ? と。
もちろん、そんなことは言えなかった。あまりに当たり前にように言われてしまい、クリスマスを恋人と過ごすというのは、隆史は自分の勝手な思い込みかもしれないと隆史は自分を疑った。

夏の終わりに付き合い始めたふたりにとって、今年のクリスマスは初めてのクリスマスだ。クリスマスは恋人と過ごすのが当たり前だろうと隆史は思っていた。だって「恋人はサンタクロース」なんて歌があるくらいだし。

隆史は奈月のサンタクロースになるべく、11月からバイトを増やした。お互い実家暮らしだったので、ゆっくり二人きりで過ごせる場所を予約しようと思っていたのだ。一緒に過ごせるなら、温泉宿でもいいし、市内の少し高めのホテルでもいい。お金はいくらかかってもいいから、とにかく奈月の喜ぶ顔が見たいと隆史は思っていた。

12月は予約するには少し遅いかな、と隆史は思った。でもまず、とにかく奈月の予定を確認しなければならない。そう思った隆史は12月に入ってすぐに奈月に予定を確認したのだ。それがあの返事だった。「実家で過ごす」

奈月はあっさりとした女の子だなとは思っていたものの、ここまでイベントごとに興味がないとは隆史も流石に予想外だった。
偏見かもしれないが、隆史は彼氏がいる女の子はみんな、クリスマスを心待ちにしているものだと思っていた。


🌴

そんなあっさりとした女の子、奈月とは夏に出会った。
同じ大学だったけど、学部が違うので全く面識はなかった。
それぞれの仲の良い友人が同じ高校出身ということで、飲みに行こうと言うことになり、隆史と奈月は出会った。

今年の夏はありえない程の猛暑だった。これほどまでにビールが美味しい季節はないんじゃないかってくらいに暑かった。
日はジリジリと肌を焼き付けた。外を歩けばアスファルトで舗装された道路は、熱されたフライパンのように暑かった。隆史は焼き付けられたフライパンの上で、まな板の鯉ならぬフライパンのステーキ肉ばりにこんがりと焼かれていた。

焼き加減はミディアムレアで。
外は香ばしく中は肉汁たっぷりの、ジューシーで旨みを凝縮した男を隆史は目指していた。

その飲み会の時に隆史が白い半袖シャツを着ていったのは、言うまでもなくこんがりと焼けた肌を強調するためだった。普段から筋トレは欠かさなかったし、自信のある上腕二頭筋が少し顔を覗かせる丈の袖のシャツを隆史は好んで着ていた。

反対に奈月は同じ地上を歩いているのかというくらいに、透き通るような白い肌をしていた。
奈月は、「隆史みたいに焼きたいけど、日焼けしたらすぐに赤くなって痛いんだよね」と言って、いつも日焼け止めをしっかりと塗っていた。

奈月の印象は、一言で言うと活発。
栗色に染まった柔らかいセミロングの髪を後ろで一つに束ね、歩くたびにぽんぽんと跳ねるその髪は、まるで本当に馬の尻尾みたいだと思った。
もっちりとした白い肌の、まるで雪見だいふくみたいなほっぺたが、食べ物を頬張るたびにむぎゅむぎゅと動くのを見ると、隆史はどうにもたまらなくほっぺたをつまみたくなった。
奈月の口は何かを食べているかおしゃべりをしているか、どちらかで常に動いていて、表情筋はいつも忙しなく動いていた。

男3人、女3人で開催された飲み会は、大いに盛り上がった。
誰かが何かを取り分けるような、ちょっと好印象を植え付けるための動作はまるでなく、みんなが大口を開けて、ジョッキのビールや酎ハイを暑さで乾いた喉に流し込んだ。しょうもないことでゲラゲラと笑い合うような、ただただ楽しい飲み会だった。

飲み会が終わっても熱は冷めず、その勢いのままみんなでカラオケに行った。
昼間の暑さが少し和らいで、焼けた肌の上を生ぬるい風が撫ぜる。隆史たちは夜の街の風を切り、ゲラゲラと笑いながら歩いた。
狭苦しいカラオケの室内で冷たいマイクを握り、音程なんか気にしないで歌いまくった。

この会の発起人の樹が、Vaundyの怪獣の花唄を熱唱している。そんな中、それまで栗色のポニーテールをぽんぽんと揺らしながら、音楽に載っていた奈月が急に静かになる。隆史が「どうした?」と尋ねた。

「なんか目が痛くって。ゴミかな?」と奈月が長いまつ毛を上下に動かす。
「トイレの鏡で見てきたら?」
隆史が尋ねた。奈月は潤んだ瞳で隆史をじっと見つめる。数度ぱちぱちとまばたきをして、隆史にぐっと近寄った。
「まつ毛が入ってないか、見てくれる?」
奈月は隆史の耳元でそっと囁いた。

横には歌う友人たち。
同じ部屋にいるのに、奈月が囁いた瞬間、隆史は別の空間に飛ばされたような気がした。
隆史が「うん」と返事をしたかどうかはわからない。
言葉に出して答えたような、心の中で答えたような、それすらもわからない。

隆史が奈月の目を覗き込む。
奈月がくっきりとした二重瞼のアーモンドアイを隆史に向ける。

奈月の黒目は黒よりもほんのりと薄い茶色で、その目に見つめられた時、隆史の心臓は跳ねた。

もう、手遅れだった。

誰かがとんと背中を押せば、そのままキスしてしまいそうなほどの距離。
ふんわりと香るキラキラとしたような華やかな匂い。
隆史の膝に添えられた白く柔らかい手の重み。
ビー玉みたいな茶色の瞳。

隆史が恋に落とされるのには十分だった。

付き合い始めてから奈月は「あれは、わざとだよ」と無邪気に笑った。
「目も痛くなんかなかったし、初めて見た時から隆史のことが気になってたから」なんて笑っていた。


🎄

そんな小悪魔的な隆史の彼女は、クリスマスイブは実家で過ごすらしい。
10歳年下の弟が、奈月とクリスマスパーティーをするのを楽しみにしているそうだ。

どちらかと言えば、奈月とのクリスマスを楽しみにしていたのはむしろ弟より隆史の方で、隆史にしてみれば奈月の弟はもうすでに奈月と10年間もクリスマスを楽しんだじゃないか、と会ったこともない奈月の弟に嫉妬をしていた。

奈月が「弟が楽しみにしてるんだよ〜」なんて嬉しそうに言うものだから、隆史は「わかったよ」と受け入れるしかなかった。

クリスマスなのに。付き合って初めての。
重い男だって言われるかもしれないけど、このクリスマスムード一色の高揚感の中、彼女はいるのに一人寂しく過ごさないといけないなんて、いくらなんでも寂しすぎる。俺は奈月とクリスマスを楽しみたかったんだ!と心の中で何度叫んだことか。

そんな格好悪いところは見せられないと思った隆史は、いかにも冷静な表情でサラッと切り出すことにした。
「どこかで一泊しようかと思ってたんだけど」
隆史がそう言うと、奈月の白いほっぺたが淡く赤く染まっていく。

「え?! 一泊?! 楽しみなんだけど! どこにする? クリスマスイブ・イブ・イブなら、結構空いてるんじゃない? 温泉がいいかなぁ。あ、でもあそこのホテルも泊まってみたかったんだよね。どうしよう! めちゃくちゃ楽しみ!」
奈月はいつも以上におしゃべりになった。
セミロングから少し伸びた髪が、ぽんぽんと跳ねた。犬が尻尾を振っているみたいで、かわいいと隆史は思う。

相談の結果、クリスマスイブ・イブ・イブは電車で二時間の温泉宿に泊まることになった。
温泉宿を予約した後、奈月は「プレゼントはサプライズにしよ」と無邪気に笑った。
隆史は急に自分のセンスと奈月への理解度、愛情の量を試されているような気がして焦った。

奈月の友人や、数年付き合っている彼女がいる男友達、ネットの情報なんかをかき集めて、隆史は奈月が好きそうなアクセサリーを買うことにした。
流石に指輪は早いよなと、ぽんぽんと跳ねるポニーテールに似合いそうなピアスを買った。

クリスマスイブ・イブ・イブはとても楽しかった。

11月からのバイト代を全て注ぎ込む気持ちでいたけれど、奈月は「隆史とだったらどこでも楽しいから、そこに無駄遣いはしなくていいよ」と情報網を駆使してお手軽だけど感じのいい宿を見つけてきてくれた。
温泉街で手を繋いで食べ歩きをしながら半日を過ごし、早めに宿に戻ると二人でゆっくり過ごした。

小洒落た和食でお酒を楽しみ、少し大人になったような気がした。
でも、その反面で、これじゃ満腹にはならさなそうだな、なんてことを隆史はぼんやりと考えた。
ただ、奈月が目の前でほっぺたの雪見だいふくをむぎゅむぎゅと動かしながら美味しそうに食べるのを見ているだけで、隆史の空腹は満たされていくような気がした。

それぞれ温泉に入り、部屋に戻る。
温泉宿の浴衣を着た奈月は、なんだかほんのりと大人びていて色っぽい。しっとりとした肌から少し立ち上る湯気に、隆史は目眩がした。隆史は逸る気持ちをぐっと抑え、奈月の手をぎゅっと少し強めに握った。

部屋に戻る間、スリッパの音が隆史の頭の中に響く。
足早になりすぎないように、気持ちが焦っているのを気づかれないように、少しだけゆっくりと歩いた。

隆史は手に持っていた鍵で部屋の戸を開ける。
ばたんと戸を閉めた。

二人きりの空間。

狭いこの世界で隆史が息を吸うと、奈月から自分とは違うシャンプーの匂いがした。
いつもはひとつ結びにしている髪が下りていて、そして少しだけ湿っている。

ここまでよく理性が持ったもんだ、と隆史は思った。
奈月を抱き寄せ、白い肌に口を這わせる。いつもより湿度も体温も高いその肌は隆史を高揚させた。

🌙

いつもより暖房の効いた部屋で、喉がパリッと音を立てた。喉が乾燥しているのに気づき、隆史は目を覚ます。冷蔵庫に入っていた500mlのミネラルウォーターを取り出し、キャップをひねる。
ミネラルウォーターが喉に染み渡る。軟水だなと思ってラベルを見る。
硬水の二文字が目に入り「違いなんかわかんねえし」と隆史は独りごちた。

二つ並べられた布団を一組しか使っていないことに気づいて、なんだか恥ずかしくなる。隆史は未使用の布団をくしゃっとして、使ったように見せかけた。
まだスヤスヤと眠る奈月の隣に潜り込んで、奈月の頬から耳、そして柔らかい髪を撫でた。

奈月の寝顔を見ながら、クリスマスイブもクリスマスも一緒に過ごせないけど、今日、楽しかったからいいかな、とそんなことを隆史は思った。


帰りの電車で、奈月は家族への土産を確認していた。
「ほんと楽しかった! 隆史、ありがとう。今日は一旦、家に帰るよね? 嬉しいな、隆史とクリスマスイブも会えるなんて。弟も隆史と会えるの楽しみにしてるよ。お母さんも、よかったら泊まっていってって言ってたし」

隆史は奈月の方を見た。
「ん? クリスマスイブは実家で過ごすんじゃなかった?」
奈月がきょとんとした表情で、隆史を見つめる。
「そうだよ。実家で過ごすでしょ? うちの実家で。特に何も持ってこなくていいから。一応、泊まれるようにパジャマとかだけ持ってきといてね。クリスマスイブ・イブ・イブもクリスマスイブ・イブも、クリスマスイブとクリスマスも一緒に過ごせるなんてさ、贅沢だよね!!」
奈月は雪見だいふくみたいなほっぺをむぎゅっとさせて笑った。


電車の外は雪が降っていた。今年はホワイトクリスマスらしい。




おしまい





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