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【小小説】ナノノベル

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短いお話はいかがでしょうか
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#日記

和食レストラン(肉じゃがと四間飛車)

和食レストラン(肉じゃがと四間飛車)

 久しぶりに和食が食べたい気分だった。普段なら行き当たりばったり飛び込むような真似はしない。スマホを持ち始めてからというものすっかり冒険心をなくしてしまった。予め近くの店を検索してそれなりの評価を集めるものに狙いを定め、あらゆる条件を確認してから実際に足を運ぶ。確かにそれなら大きな失敗は少ない。しかし、昔はもっと違った楽しみがあったようにも思う。(ハラハラしたりときめいたりわからないからこその出会

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パワハラ・ラーメン体験記

 あれは私が働き始めて間もない頃でした。お昼休みに会社の人に連れられてラーメン屋さんに行きました。近所では割と有名な豚骨ラーメンの店でしたが、私はその時が初めての来店でした。席に着いてゆっくりメニューを見ようとしていると、せっかちな部長がぽんぽんと勝手に皆の注文をしてしまいました。強面の部長ということもあって、誰も文句も言えず従うしかありませんでした。

「お待たせしました。豚骨ラーメン全のせ特盛

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底辺の贈り物

底辺の贈り物

「お待たせしました。上げ底定食でございます」
「おー! すごいボリューム感だ!」
「あなた、食べれるの?」
「いやどうだろうか」
「まずは写真ね」
「おー、そうだ」

チャカチャンチャンチャン♪

「ごちそうさん」
「案外大丈夫だったみたいね」
「ああ、見応えもあったし」
「写真映えもしたし」
「ダイエットも継続できた!」
「それが何より大事ね」
「勿論だ。ぜびシェフに会って直接お礼を」

チャカ

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ワン・モア・スプライト

ワン・モア・スプライト

「マスター、ビール」
「そういったのはちょっと……」

「ビアー」
「いやー」

「ビアーァア♪」
「今やってないんですよ」

「スーパードライを」
「ないです」

「スッパードゥラゥアーイ♪」
「申し訳ないです」

「じゃあ一番搾りでいいよ」
「ないよ」
「えっ? 麒麟は来てないの?」
「もう終わってますよ」
「じゃあもういいよ。モルツくれる」
「お客さんもしつこいね。あんた潜入じゃないの?」

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自分探しの朝

自分探しの朝

 目覚めるといつも自分の価値がなくなっている。自分という存在が見失われている。「昨日はあった?」昨日の記憶と感覚が毎朝のテーマとなる。カーテンはよそよそしく触れると切れてしまいそうだ。太陽の光が明るみにする自分の無が恐ろしい。はじまりが重い。そんな物語に誰が変えてしまったのだろう。窓を開けると君の声が聞こえる。

「まとめるのが面倒なんだ」
「そうじゃないよ」
「見つける方が好きなんでしょ」
「そ

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記録するサル

記録するサル

 ライオンが歩いてきた。ライオンが歩いてくるとはこのことだ。狐に毛が生えていた。狐に毛が生えるとはこのことだ。まさにこのことよの。のーサルよ。サルよ、おるかー。虫が飛んで日が暮れてきた。虫が飛んで日が暮れるとはこのことよ。まさにこのことよのー、サルよ。サルよ書いておけ。

 もうすぐ雨が降りそうだ。雲行きが妖しいとはこのことよ。俺たちは横断歩道を渡る。横断歩道を歩いて渡るとはこのことよ。疑うまでも

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フード・ライター

フード・ライター

 おばあさんは星のない名店をいくつも知っていた。外観はお世辞にも綺麗とは言えない。暖簾は黒ずんでいて店の名前も半分消えている。扉を開けて中に入れば、どこか別世界に足を踏み入れたような気がする。そんな店によく連れて行ってもらった。
 腐りかけた壁にメニューとは違う絵を見つけた。

「あの抽象画は?」
「あれはね、サインと言って人の名前よ」
「サイン? キャッチャーが出す奴?」
「手書きと言ってね、マ

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炬燵にみかん(神さまの許し)

炬燵にみかん(神さまの許し)

 炬燵の上にみかんを置いたままリーダーは神さまをたずねて出て行った。

 意味、意義、使命。そんなものたちに取り巻かれて疲れてしまった。そんな時、炬燵の上に置かれたみかんを見た。
 その時、私たちは突然に恐ろしく謙虚な気持ちになったのだ。そこにみかんがある。手を伸ばしてもいい。だけど、あえてそうすることもない。むしろずっと眺めていてもいい。いつか食べる瞬間のことを想像してみるのもいい。手を伸ばさな

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未来予報士の知らせ

未来予報士の知らせ

 今をどのように生きるべきか。過去の経験から学ぶことは大切だが、それでは十分ではない。時代は高速で変化していく。過去の教えが通用しなくなることもある。自分の意志、感情、それもきっと大切だ。他人のこと、世界のことを考える必要はあるが、最終的に人生とはいったい誰のためにあるのか。原点を見失うことは愚かだろう。そして、最も重要なのは、未来を正確に予測することだ。未来を想定することができれば、正しい導きが

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猫たちのホット・スポット

猫たちのホット・スポット

客が誰も来なくなって
店先は猫の陣地になった

ちょうどよい玄関マットの上に

現れて
居座って
消えて
戻ってくる

以下繰り返し

ストレッチ
寝そべって
くつろいで
待ち合わせ

夜の間ずっと猫たちの居場所だった

戯れて
じゃれ合って
たたき合って

誰の邪魔も入らない冷え込んだ夜

おしゃれして
くっついて
キスをした

メリークリスマス♪
#小説 #日記 #詩 #クリスマス #キス

アウトサイド・アトラクション

アウトサイド・アトラクション

「君は乗らないの?」
「どうして?」
「みんな並んでるよ」
「僕は背が高すぎるんだ」
「そうは見えないけど」
「外からは見えないこともあるよ」

「ここで本を読んでるの?」
「そうだけど」
「石の上は硬くない?」
「別に」
「浮かれた人がたくさんいるよ」
「浮かれた人の隅っこは意外に落ち着くんだ」

「今しかできないことをしようとは思わないの?」
「例えば?」
「みんなと楽しい思い出を作るとか」

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ソーシャルディスタンス定食

ソーシャルディスタンス定食

「いらっしゃいませ」
 客は私一人だった。

「はい、お待たせしました」
 目の前にご飯の入った茶碗が置かれた。
 味噌汁は隣のテーブル、魚の皿はあちらのテーブル、酢の物は向こう、サラダは前のテーブル、煮物はあちらの方……。それぞれの物が別のテーブルに置かれている。
 久しぶりに訪れたお店は、徹底したソーシャルディスタンス・ランチになっていた。私が食べる間は、みんな私だけのテーブルだ。

 味噌汁

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レア・ケース&コーヒー

レア・ケース&コーヒー

 とんでもない事態が発生した。
 マニュアルにはあらゆるケースを想定した、対処法が記されていた。それに沿って動けば解決不能の問題はないと長く信じられていた。それにしてもとんでもない事態が起きたものだ。
 私たちはマニュアルを一旦置くことにした。今必要とされるページがまるでわからなかったのだ。

 私たちはお菓子を食べた。歌ったり日記を書いたり昼寝をしたりした。それがよいことだとは思わなかった。それ

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猫の瞳

猫の瞳

 まだ大河ドラマをやっているような時間なのに、フードコートには網がかけられている。宣言が解除されても、すぐに元の日常は戻ってはこない。僕は網をかき分けて、フードコートの中に入ろうとした。もう終わりだと警備の人に制止される。
「中に人が!」
 閉めるのなら先に状況を確認しないと。
 彼には何も見えていないようだった。
「見えないんですか。あそこに!」

 以前にも見かけたことがある。
 おばあさんは

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