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川端康成関連の連載記事、および緩やかにつながる記事を集めました。
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2024年1月の記事一覧

目まいのする読書

目まいのする読書


目まいのする読書
 目の前に三冊の本を置いて、同時には無理ですから、それぞれをつまみ食いするようにして読んでいるのですが、さすがに目がまわってきます。あちこち視線を移動させるせいか、読んでいて頭の中がこんがらがるせいか、目まいに似た感覚に襲われます。

 本物の目まいは不快だし苦しいですが、目まいに似た感覚はときとして快感である気がします。

 現在読んでいるのは小説で、次の場面で始まります。

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人が物に付く、物が人に付く

人が物に付く、物が人に付く

 今回は「付く、附く、着く、就く、即く」(広辞苑より)について書きます。人と物との関係について考えたのです。

 まず、古井由吉のエッセイで「付く」という言葉がつかってある興味深い一節があるので引用します。記事の最後では、川端康成の小説で出会った、警句のような趣の掛詞も紹介します。どちらも、物がキーワードです。

 人が物に付く、物が人に付く。

「椅子の上にも十年」
 タイトルから察せられるよう

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letterからなるletters

letterからなるletters

 まず引用します。

 行空けをなるべく忠実に引用したのですが、八章の出だしであることはお分かりいただけると思います。

 二行空けて、鉤括弧の有無が違うだけで同じ文言がつづいていますが、こういうメイキング感を目の当たりにすると、私はくらっと来て幸せな気分になります。

     *

 私は内容やストーリーにはあまり興味が行かない読み手です。その分どう書いてあるかには敏感に反応します。

 私に

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「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」(連想で読む・01)

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」(連想で読む・01)

 川端康成作『雪国』の冒頭の段落を引用します。


「国境」(くにざかい)と言えば、国境(こっきょう)を連想しないではいられません。私自身「くにざかい」という言葉を日常生活でつかった記憶はありません。県境(けんざかい)ならつかいます。

 たとえば、岐阜県だと飛騨と美濃の国がかつてあって、いまは飛騨地方と美濃地方と呼ばれています。

 飛騨の北には越中国(えっちゅうのくに)があり、それがいまは富

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『雪国』終章の「のびる」時間

『雪国』終章の「のびる」時間

『雪国』の終章では二つの時間が流れています。「縮む時間」と「のびる時間」です。「縮む時間」については「伸び縮みする小説」と「織物のような文章」で詳しく書きましたので、今回は「のびる時間」に的を絞って書いてみます。

 ここからはネタバレになりますので、ご注意ください。

     *

「のびる時間」というのは、火事になった繭倉の二階から葉子が落下する瞬間が、くり返し描かれるという意味です。

 

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ひとりで聞く音

ひとりで聞く音

 ひとりで聞く音は寂しいものです。ひとりだけに聞こえる音は不気味さをもたらします。寂しいと感じ不気味だと思うそばには他人のまなざしがあるのではないでしょうか。その他人は、おそらく最期の自分でもあるのです。

「おずれ」と「おずれ」
 川端康成の『山の音』の冒頭には、主人公の尾形信吾(おがたしんご)の家に半年ばかりいて郷里に帰った「女中」の加代の話が出てきます。

 散歩に出るために下駄を履こうとし

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葉子を「見る」「聞く」・その1(する/される・04)

葉子を「見る」「聞く」・その1(する/される・04)

 今回は『雪国』冒頭の汽車の場面で、葉子が島村から一方的にその姿を見られ、さらには声を聞かれる部分を見てみます。

 結論から言いますと、映っている現実(うつつ)は美しいということです。現実そのものではなく、映っている現実だからこそ、美しいのです。

エスカレート
 これまでの回をお読みになっていない方のために、この連載でおこなっている見立ての図式を紹介いたします。

・『雪国』(1948年・完結

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人というよりもヒト(する/される・03)

人というよりもヒト(する/される・03)

 川端康成の一部の作品では、一方的に見る登場人物と、一方的に見られる登場人物が出てくるという話の続きです。

「相手に知られずに相手を見る(する/される・01)」で触れた、川端康成の一部の作品に認められる傾向がエスカレートするさまを、ここで再びまとめてみます。

・『雪国』(1948年・完結本出版)
 一方的に相手を見る、一方的に相手の声を聞く。
     ↓
・『眠れる美女』(1961年・出版)

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見る、見られる(する/される・02)

見る、見られる(する/される・02)

「する/される」というシリーズの二回目です。「相手に知られずに相手を見る(する/される・01)」でお話しした「一方的に見る」「一方的に聞く」という行為について、今回はもう少しこだわってみます。

 一方的に相手を見る、一方的に相手の声を聞く。

 こうした状況と身振りは、決して他人事ではなく、日常生活で私たちの誰もが経験していることであり、それは傍観、窃視、傍聴、盗聴と呼ばれている行為とそれほど遠

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相手に知られずに相手を見る(する/される・01)

相手に知られずに相手を見る(する/される・01)

「する/される」という連載を始めます。「「移す」代わりに「映す・写す」」で予告したものです。

 今回は、相手に知られずに相手を見る、つまり一方的に相手を見るという行為について、川端康成の『雪国』の冒頭にある汽車の場面を読みながらお話しします。

見立て
 川端康成の書いた膨大な数の小説(掌編・短編・中編・長編・連作・連載)のうち、一部の作品に流れている傾向に目を注いでみようと思います。

 傾向

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