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うた

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気ままに書いた散文詩や、短編小説たち。 一話完結のものを集めました。気軽に読んでやってください。
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#シロクマ文芸部

【詩】レモンのうた

【詩】レモンのうた

レモンから
爽やかなうたが
聴こえてくるよ
耳にも鮮やかな黄色い声色に
甘酸っぱくてフレッシュな旋律で
まあるいからだを朗らかに揺らしながら
陽気な太陽のうたをとても愉快に歌っているよ
けれどもママがぎゅうぎゅうレモンを絞りあげ
「かわいいかわいい私の坊や、どうぞ召し上がれ」
おいしいレモンのパイにしちゃったもんだから
ぼくはちょっぴり悲しくなっちゃった
けれども今度はぼくのおなかから
あのうたが

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【掌編】誕生

【掌編】誕生

流れ星が賑やかな夜、
一つだけ仲間とはぐれたその星は、
ツーと夜空を滑って湖に落ちると
たちまち虹色の閃光を広げて辺りを燃やしていった──

 小夜子は胸の苦しさに目を覚ましたが、心は先程まで見ていた夢に抱かれたままだった。
 星が湖をはげしく燃やし尽くす光景の、なんと美しいことか……しかし、そのえも言われぬ美しさにはどこか背徳の影が色濃く差していた。

〈正吉さんに話したら何と仰るかしら〉
 小

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【詩小説】月患い

【詩小説】月患い

今朝の月の、なんと幸の薄そうなこと
ぼうっと白く、息も絶え絶え浮かんでる
「まるで姉様みたい」
自分の口からついて出た言葉に
自分がいちばん驚いていた

病弱な姉様が羨ましかった
めらめらと嫉妬が燃え上がる
太陽の如き私の心は
きっと醜くてあさましいんでしょうけれど

でも、姉様?
お母様の御心も、
そしてあの方の御心も、
貴方にかかりきりなのよ

だから姉様
ずっと消えないでいて

消えてしまっ

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【詩】黒い花火

【詩】黒い花火

花火と手をつないで
夜空に打ち上がってしまいたい
ぱっと弾けたら消えたふりをして
そっと君の白シャツを火薬色に染めてやる
#シロクマ文芸部 に参加させていただいております。 #花火と手 #詩

【掌編】狸の夢

【掌編】狸の夢

夏の雲は空を流れて何処へゆくのだろうか。

弥助は、墓地が見える丘で寝転がりながら煙草をくわえた。紫色の煙が空に向かって昇ってゆく。
お盆だというのに、この墓地には人っ子一人いない。貧しい弥助は、お下がりを頂戴しにわざわざやって来たのだったが、あてが外れてがっかりしていた。

「一体どんなやつが眠ってるって言うんだ?」
弥助はふらふらと立ち上がって、お盆参りにも来て貰えない仏たちを興味本位で見て

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【詩小説】風の子

【詩小説】風の子

風鈴と戯れる子どもたちが、
私の目に青く眩しく映った。

強烈な陽射しに
透けてしまいそうなほど柔らかい髪を
奔放になびかせて、
子どもたちは駆けてゆく。

洗いたての服をはためかせて、
青々とした草木をゆらして、
たのしそうに笑いながら、
子どもたちは駆けてゆく。

くるくると渦を描いたと思えば、
まっすぐに疾走したりしながら、
私の方へやってきて、
すれ違いざまにハラリ、
スカートの裾をめく

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【詩】お空をたべたら

【詩】お空をたべたら

かき氷が、
小さな入道雲みたいに、
涼しげなプラスチックの器をいっぱいにしたよ。

青空色のシロップが、入道雲を溶かしていったよ。

ひとくち食べたら夏の味がして、
夢中で食べたら舌まで染まって、
さいごはスプーンですくえないくらいの
小さな海が残ったよ。
#シロクマ文芸部 #かき氷 #詩

エメラルドの洞窟

エメラルドの洞窟

『海の日を待って、それでもその絶望が氷解していないというなら、エメラルドの洞窟にお連れいたしましょう。そうすれば安らかに眠ることができますから』

 夏の青い葉が、陽光にきらきらと輝くのを見て、ふと玲子の脳裏に幼少期の記憶が蘇りました。

 それは、まだ小学生だった玲子が薄着のまま雪の中を彷徨っていた時のことです。幼心に絶望を抱えていた彼女は、冷たい白銀の風に身を任せて、自らの生命すら凍らせてしま

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【掌編】Muse

【掌編】Muse

夏は夜。
月を見たくて庭に出たけれど、今晩は新月だったみたい。でも、こんな夜は蛍が星のようで美しいのね。初めて知ったわ。

夏は夜。
こっそり家を抜け出して夜の森に忍び込んだら、妖精たちを見つけたんだ。悪戯好きの妖精のせいで森は大混乱だったけど、すごく楽しかったよ。

夏は夜。
最終列車に揺られて微睡んでいた時に、星が尾を引いて夜空にツーッと流れるのを見ました。まるで天を駆ける列車のようで、ふと、

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【掌編】サイカイ

【掌編】サイカイ

手紙には、「あなたはだれですか」と線の細い字で書かれていた。
わたしはだれだろう。

人と話さなくなってから、二千年が経った。
発音の仕方も忘れてしまった。
自分の声も、自分の容姿も、自分の名前すら忘れてしまった。忘れていたことすら忘れていたかもしれない。
ずっとこの白くて明るい部屋の中で暮らしていて、決して外には出られない。
誰かと連絡をとれるだなんて、思ったこともなかった。
でもこうして、わた

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【エッセイ】懐しい夏に

【エッセイ】懐しい夏に

ラムネの音が、夏でした。
この胸をきゅうと掴む夏の切なさは何なのでしょう。

これからお話するのは、社会人になって初めての1人旅行、出雲に行ったときのことです。
9月の出雲はまだまだ30℃を超える真夏日で、立っているだけでも全身から汗が滲んでくる暑さでした。歩いていたら言うまでもありません。

私はこの日、日御碕神社から日御碕灯台へと向かっていました。
左手には広々と海があり、浜辺に打ちよせる波の

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Monday in blue

Monday in blue

「《月曜日の博物館》?」
 最寄り駅から自宅までの寂れた道中、仕事帰りの遅い時間でもぽつりぽつりとしか電灯がない中で、その看板はまっさらで眩しく見えた。ついこの間まで工事のために白い仮囲いで覆われていたこの場所に、博物館が出来たらしい。
「どうしようかな。気になるけど……」
 目覚めるようなブルーの《月曜日の博物館》という凸文字と睨み合っていると、不意に博物館の扉が開いて中から女性が出て来た。背は

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雨彩

雨彩

「紫陽花をドライフラワーにしちゃいけないよ。そのまあるい花は、雨でできているから」
 雨傘を避けると、おじいさんがわたしを見下ろしていた。
「ドライフラワーってなに?」
 わたしが尋ねると、おじいさんは目を細めた。
「お花をミイラにしてしまうことさ、お嬢さん」
 ミイラってなに、と聞いたけれど、わたしの声は雷に打たれて流れていった。

 梅雨の頃になるといつも思い出すこの秘密の記憶は、セピア色に乾

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