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小川志津子の文。

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20年来取り組んだライター職を離れた派遣社員が、日ごろ見聞きし感じたことを記す随筆マガジン。
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#エッセイ

初のフルタイム勤務、所信表明。

初のフルタイム勤務、所信表明。

50近くになるというのに、私はまだ、いろんなものが怖くてたまらない。

機嫌の悪い人が怖い。話しかけて、いわゆる「塩対応」が返ってくると、ああ苛立たせてしまった!って身を縮めてしまう。気にしすぎってよく言われるけど、これはもう条件反射なんだからしょうがない。相手の話に笑顔でうなずきながら、「あーこれ本音じゃないなー」「行く先々でこのハナシしてんだろうなー」とかを察知する仕事をしてたのだから。

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人並みに働くって大変ね

人並みに働くって大変ね

週4だった派遣仕事を、週5に増やそうとしている。

ライター職を完全に失って半年、蓄えをちょっとずつ切り崩してきたけれど、そろそろ先が見えてきた。この歳でゼロから副業探しもちょっとキツい。今している仕事を増やすのが一番現実的な気がしたのだ。

派遣会社にその旨を申し出て数日、上司に呼ばれた。

まず、「私達の、オガワさんと働きたい気持ちは、相当なものです」と言われた。勤怠も良好だし、コミュニケーシ

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40過ぎて、好き嫌い

40過ぎて、好き嫌い

小さい頃から、好き嫌いなく何でも食べてきた。「なんでもおいしく食べる子だねえ」って言われて育った。目の前で父と母が「おいしいねえ」「おいしいよう」って言いながらもりもり食べていたから、私も同じ気持ちでもりもり食らい、もりもり育った。

それに出会ったのは、40過ぎだ。いつものようにお腹が空いて、いつものように居酒屋さんへ入った。「フレンチおでん」が売りのお店だった。

でっかい大根のおでんが目を引

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47歳、「勉強」について考える

47歳、「勉強」について考える

若い頃。「なんで勉強しないといけないの?」って、いつか子どもに聞かれたら、こう答えようと決めていた。

「これから先、どんな人を好きになるか、何になりたくなるか、わからないからだよ」

今はまだ、誰のことも好きじゃないし、何かになりたいわけでもないかもしれない。でも例えば5年後に、数学者と恋に落ちるかもしれない。10年後、猛烈に、旅に出たくなるかもしれない。ちょっと数学を知っておいたほうが話ははず

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美味い唐揚げで救われる方法について

美味い唐揚げで救われる方法について

その居酒屋は、お客の数は、そう多くはないのだ。

お客がこぞって押し寄せるような店ではないけれど、味を見込んでくれる人はそこそこいた。「この唐揚げおいしいねえ!」って、言ってくれる同業者もいた。その味わいの秘密は、門外不出の下ごしらえだった。秘密のスパイスや調味料を揉み込んで、秘密の油温でカラリと揚げる。するとびっくりするくらい、素早く、たしかに、美味い唐揚げが揚がった。

やがてあるとき、同業者

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ほしくなかったものを買っちゃった話

ほしくなかったものを買っちゃった話

映画やドラマを観ることを、なんとなく敬遠してきた人生だった。実生活であらゆる刺激に見舞われて、情緒をフル稼働させているのだから、家に帰ってまでドキドキハラハラすることの意味がわからなかった。おうちにいるときぐらい、たのしい気分でいたいよー。ほぼひらがなでそう思い、お笑いを観ながらごはんを食べて、右から左へすべて忘れるのが、私の自由時間だったのだ。

そんな私が、情緒をフル稼働させずに済む職業に就い

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呪いとともに生きていく

呪いとともに生きていく

先日始まったドラマ『コントが始まる』で、有村架純が演じているのが「バンドとかを好きになるたびに、ことごとく解散されちゃう女」だ。ほおおおお、とうなってしまった。なんて絶妙な不幸さかげん。きっと誰しも、思いあたるふしがかすかにある、その「かすか」さが実に絶妙である。

それを有村架純から聞かされた菅田将暉もまた、自分のコントトリオを解散させようとしている。だから彼は有村架純に、一生懸命言うのだ。あな

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いつも上機嫌でなくていい!

いつも上機嫌でなくていい!

このところ、私の身に、革命が起きている。

ライター職を逸し、データ入力の職に就き、ゆかいな上司と先輩と、ゆかいなやりとりと程よい距離感、ああ最高だなと思っていたら、ここ数週間で担当業務の難易度が急激に増した。

そうなる前までは、上司や先輩方が、無理しちゃってたりご機嫌がななめだったりする気配を、とても敏感に感じ取っていた。……まあ、感じ取りながら何もできないことがほとんどだったけど、少なくとも

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「LINEMO」からたった3日で乗り換えを決めた件

「LINEMO」からたった3日で乗り換えを決めた件

最初は出来心だったのだ。3月17日、ほんの3日前から受付が始まった、携帯電話の割引サービス「LINEMO」。日頃の携帯料金に辟易としていたので、えいやとばかり申込みを完了し、さらには「eSIM」だか「APN」だかの設定も完璧に済ませ、ほくほくと待ち構えていたら、

待てど暮らせど、LINEMOの電波が来ない。

公式のカスタマーサポートはチャットしかなくて、なんとかオペレーターさんまでたどり着き、

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『音楽の日』の『花の匂い』に愕然とした夜

『音楽の日』の『花の匂い』に愕然とした夜

ほんとうはまだ、信じられない思いでいるのだ。ゆうべ観たものはまるで私の勘違いで、なんだー、気を揉んで損した!ってけらけら笑えたらよかったのにと、今この瞬間も思っている。

昨日の、TBS『音楽の日』。東日本大震災から10年のその日に宮城から放送された、その音楽特番のオープニングに流れたVTRが、私は、どうか幻であってほしいのだ。

登場したのは、櫻井和寿と小林武史だ。若い頃から、いくつになっても、

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ネガティブとは、想像力だ。

ネガティブとは、想像力だ。

あなたが憧れるその人は、「みんなに愛されてる人」なのではなくて、「自分はみんなに愛されてるんだって信じきれる人」なんだと思う。嫌われているかも知れないと思うからおどおどするのだし、顔色を伺う。みんなの苛立ちを買う。

いつどんな時でも「自分は好かれてる!」って信じきれたらどんなに幸福か。でも「自分は嫌われてるかもしれないと思ってしまう人」にしか稼働できない思いやりがあるんだ。優しさがあるんだよ。そ

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絶望する前に思い出す果物

絶望する前に思い出す果物

最近しきりに思い出すのは、今をときめく、バナナマンさんにインタビューをしたときのことだ。

調べたら、もう15年近く前のことらしい。単独ライブに向けてのインタビューで、設楽さんが、駆け出しの頃から書き溜めてきた、ネタ帳の話をしてくれた。

ちょっと何かを思いついたら、そのノートに書き留めてきた。だからライブのネタに困るたびに、ノートの山に立ち戻って、新ネタとして蘇らせてきたのだと。

「でもね、そ

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うまれてはじめての「絵本」の思い出

うまれてはじめての「絵本」の思い出

人生において一度だけ、絵本を作ったことがある。

幼稚園の頃だ。毎年秋恒例の「てんらん会」だったか「はっぴょう会」だったか、子どもたちが作ったものを園内に並べて、子どもの縁者が大挙して押し寄せる、そんな催しだったように思う。

私は、季節にまつわるストーリーにしようと思った。「春はぽかぽか、おひさまにこにこ」「夏はカミナリ、がらがらどっしゃん」的なやつ。クレヨンでごしごしと色をつけて、ほくほくと先

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痔持ち用の座布団を愛用してた小学生は私だ

痔持ち用の座布団を愛用してた小学生は私だ

あれはたぶん、小学5年か6年の頃だ。

クラスでなぜか、「席に座ろうとしてる子の椅子を、背後から思いっきり引く」が流行した。誰の心にも、「いじめ」とか「いやがらせ」とかのつもりは1ミリもなかった。ただただ、いろいろある「遊び」のひとつ。「鬼ごっこ」とか「ハンカチおとし」とかと、同じ類いの「遊び」のひとつ。それを、私も、されたのだ。

自分の席に座ろうとして、腰をおろしたら、椅子がなかった。当時から

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