小川志津子

20年来、フリーライターとして暮らしてきたけれど、 今は早めの「ご隠居さん」として、に…

小川志津子

20年来、フリーライターとして暮らしてきたけれど、 今は早めの「ご隠居さん」として、にまにまと暮らしております。 https://note.com/ogwszk/m/m66bf62a41963

マガジン

  • 小川志津子の文。

    20年来取り組んだライター職を離れたアラフィフが、日ごろ見聞きし感じたことを記す随筆マガジン。

最近の記事

人生半世紀、「恋愛アレルギー」を考える

例えば、空を飛べる少年の物語。ロンドンに住まう3人の姉弟を冒険の旅へ誘って、みんな一斉に夜空へ飛び立つ。 あるいは、果物から生まれた正義のヒーローの物語。おばあさんが川で拾った大きな桃を、真っぷたつに割ったら赤子が現れる。 子どもだった頃は、あらゆる物語を楽しむことができていたはずだ。それがたとえ「自分には起こらないこと」であっても。 そのはずなのに。 物語を楽しむ能力って、年齢とともに薄れてくものなんだろうか。51歳の私は今、ある種の物語に、どうも乗れなくなっている

    • 土曜朝のメモ書き。

      今日実家に帰る予定だったけど、実家モードになれそうになくて母にLINE。実家だとどうしても気を使ってしまうこと、それが昔から、母をおそれての反応であること(前回note参照)を簡単に伝えると、 「今になってお母さんの人生を否定されても」 「過去を変えることはできないし」 「今はお薬のせいで攻撃的になってるだけ」 「過ぎるのを待ちましょう」 ……終ーー了ーーーー。(←浜ちゃんの声で) 私は何が欲しいんだろう。謝罪? ちがう。なんだろ、ちょっとでも寄り添ってほしかった。今の

      • 51歳、親との日々を考える

        実家にて、親たちと水入らずの日々は楽しい。掃除や洗濯や食器洗い程度で、大いに喜んでくれてしまう。自分のしたことが人から喜ばれることが、そういえばこのところ、あまりなかったなあと思う。 喜ばれると、うれしい。調子に乗る。応えたくなる。特に親たちには、笑っててほしい。ここ数年の父母のことが、私はとっても好きである。1ミリも怒らせたくない。私はゆかいで気がきくひとり娘。これまでも、そしてこれからもずっと。 朝昼晩、母が台所に立つ。私もその都度、飛んでいく。「しーちゃん、気ぃ使い

        • 連ドラにおける「ベランダの網戸」を語ろう

          私の実家マンションに今月、外装工事が入るんだそうだ。そのために、ベランダの網戸をはずしておかなきゃいけないって父が言う。 我が家の構成員は、父・母・私の3名。私には夫も子供もない。こういう力仕事のたぐいを、ある時点で父が完全放棄宣言をしたため、それ以降は母か私がその任にあたってきた。もちろん、今回は私がそれにあたった。この中では私が、いくつになろうと、一番の若手だからだ。 がこん、と持ち上げて、ばこっ、とはずす。その扱いには慣れている。食器棚を少し前に出して壁側にすき間を

        人生半世紀、「恋愛アレルギー」を考える

        マガジン

        • 小川志津子の文。
          96本

        記事

          51歳のご隠居ライフ

          人並みに働いていた頃。「時間ができたらあれやろう♪」って心に秘めていたことがいくつかあった(はずだ)。読みたい本。観たい映画やドラマ。でも、いざ時間ができてみると、案外、やらないもんである。  「◯◯したい」を並べた時点で、それらが「◯◯しなくちゃ」に変わっちゃうからだ。 で、「ああ、『◯◯しなくちゃ』って思っちゃった!」ってなる。「思っちゃダメ!」ってなる。そして、「別に期限があるわけじゃないんだから、あとでやればいいや!」ってなる。 天性の生真面目さんが、なんとか、

          51歳のご隠居ライフ

          「はたらかない」をやってみて。

          朝は、意外と7時ごろ起きたりする。7時15分のNHKBS、朝ドラ『オードリー』の再放送と、7時半の『虎に翼』をおふとんの中で観て、のっそりと起き出す。 おふとんを畳んで食卓へ行くと、母が簡単なサンドイッチを残してくれている。コーヒーを淹れて、もそもそと食す。『THE TIME』の安住アナが、番組終わりに『ラヴィット!』の麒麟川島と言葉をかわすくだりが好きだ。 『ラヴィット!』を観ながら、リビングのソファに移動する。大きめのマグカップにアイスコーヒーを作って、傍らに置く。日

          「はたらかない」をやってみて。

          「はたらかない」をやってみる。

          結局、仕事を辞めた。 様子がおかしくなったのは7月の半ばだ。仕事中なのに、流れる涙を止められなくなった。 上司たちはとても優しかった。ゆっくりでいいよ、しばらく休憩室で深呼吸してきて全然いいよと言ってくれた。私は、とりあえずトイレの個室に飛び込んで、涙がすべて出がらしになるまで泣いてみる。よし、気が済んだ、と思う。席につく。やっぱり声が震える。涙が止まらない。それがまた上司の目に留まる。 ひとしきり上司の前でしゃくりあげたあと、今日のところは帰ろう、と決める。上司や医者

          「はたらかない」をやってみる。

          ああ、春が来た。

          母が、銀杏を植木鉢に植えた。 いくつかの季節を超えて、枝が伸びてきて、あたりまえではあるけれど、イチョウの形をした葉っぱが生えてきた。 世界はシンプルにできている。ああすれば、こうなる。わかりきったことだ。そのはずなのに、生きることは、なかなかそこそこ難しい。 コールセンターの仕事に就いて2ヶ月だ。研修を終えたのが1か月前。私は今、最初からわかりきっていた壁の前にいる。 そもそも、電話応対業はここ数年、避けていたのだ。こうなることがわかっていたから。だけど私が所属して

          ああ、春が来た。

          「旅」の困難をかたろう。

          旅って、むずかしい。 日本中、いや世界中のなかからひとつだけ、目的地を選び出す。その時点で、選ばなかった選択肢たちを、すでにざぶりと切り捨てている。 それから、日程を決める。1年365日ある中で、ほんの数日間を選びとる。その時点で、それ以外の季節を味わう可能性を、またもざぶりと切り捨てている。 選び取った選択肢が楽しいかどうか、自分に合っているかどうか、まるでわからないのに、である。 人には、いや少なくとも私には、「合っている土地」とそうでない土地がすごくある。前者を

          「旅」の困難をかたろう。

          ハハの推し活がバズった日のこと

          コトの発端は、今年の大河ドラマだ。 『光る君へ』。紫式部をヒロインに据え、平安時代の紆余曲折を描く意欲作。その初回の放送を観終えて、思い出したことがあった。 80歳を超えつつある私の母が、かつて50代や60代の頃、『源氏物語』の現代語訳に猛然と打ち込んでいたのだ。 そのパワーたるや、えらいものだった。地元の地区センターの『源氏物語』の講義に出かけ、取ってきたノートと参考書を広げては、束ねてある裏紙に鉛筆でその現代語訳を書きつける。なるべく、自分の言葉で。でも、よけいな贅

          ハハの推し活がバズった日のこと

          年の瀬のごあいさつ

          ご無沙汰している皆々さま。 お元気ですか。いかがお過ごしでしょうか。 小川志津子でございます。 小川の2023年は、なんとも激動でございました。 あちらこちらへ職場を点々としたり、 行き着いた職場でハラスメントに出くわしたり、 うっかり新型コロナにかかったり。 そういうときの心の動きを、 自分で見つめるうちに、気がついたことがあります。 私は自分から、積極的に、 「不安要素」を探しに行っている……! 新しい職場で、新しい仕事に就けば、 「向いてないかも」「うまくできな

          年の瀬のごあいさつ

          激動の秋、アリ地獄にはまる。

          ちょっと今までにない秋を過ごしている。 10月になったとたん、コロナになった。びゅんびゅん上がっていく自分の体温。しかもなかなか下がらない。痛むノド、痛む節々。1日に2回、母に必ずLINEをするという約束を交わし、粛々とそれを遂行した。生きてます、今日も生きてます、おかーさん。味も匂いもしないけれど、でも「黒糖フークレエ(蒸しパン)」と「ロッテ クーリッシュ」だけは美味しいです。だから明日も生きてると思います。 ようやく平熱に戻り、仕事に戻るも、今度は後遺症的なやつにやら

          激動の秋、アリ地獄にはまる。

          「イラ立ち」の知覚過敏

          研修の日々である。 小さいころから、人の声にひそむニュアンスに知覚過敏だ。喜びや、悲しみや、孤独や、イラ立ちが、その人の声にまみれて聞こえるのだ。ひとりっ子の私にとって、まわりの大人たちを味方につけておけるか否かは死活問題だったので、各種の匂いをいち早く嗅ぎ取っては、先回りしておどけてみせる。それが当時からの、私のファースト・ミッションだった。 大人になってもその習性は変わらない。相手が自分にイラッと来てることが瞬時にわかる。この知覚過敏が大いに発揮されてしまうのが、新し

          「イラ立ち」の知覚過敏

          こちらが思うより、優しかった人たち

          3年間勤めた会社の、最後の勤務日を昨日終えた。 どんなに居心地のいい職場でも、「派遣法」とやらで、派遣社員は3年以上、同じところで働いてはならないと決まっていて、昨日がちょうどその最終日だったのだ。 ここを去るぞと決まってから、不思議現象がいっぱい起きた。極度のめんどがりの私は、毎日のお昼ごはんを「一日分の野菜ジュース」「サラダチキンスティック アヒージョ味」「おかかおにぎり」の3点に決めていて、毎朝それらをローソンで買うことを日課としていたのだけれど、最終週を迎えた頃に

          こちらが思うより、優しかった人たち

          「好き」の第三者であること

           私は、「なにかを熱烈に愛してる人」にめっぽう弱い。  たとえば演劇を作る人たちに、その思いを聞いて文字にしていた頃がそうだ。映画の学校の事務員さんを、務めていた2年間もそうだ。忘れもしない、その学校に新しい試写室ができたばかりの夜。誰もいないその空間で、映写スタッフ陣が私の知らないアクション映画をガンガンに上映して、悦に入っていたときのこと。その、悦に入っている人たちの後ろ姿が、なんだか妙に離れがたくて、私はそこに居座り続け、あげく終電を逃したのだ。  私自身が、なにも

          「好き」の第三者であること

          仕事中の雑念たちを記録するという試み

          「なにか、考えごとしてるからじゃないですか?」  データ入力業務のタイムがなかなか縮まらず、しかもとてもくたびれるのだと申告したら、職場の若い先輩にそう言われた。  考えごと……してる。してるわ。  私の脳みそは、ほっとくと雑念だらけだ。この職場にやってきて2年半。手が勝手に動くようになってきて、脳みそに隙間ができると、その隙間があることないこと、考えている。あっ、イカンイカン、と思って意識を仕事に引き戻すけれど、しばらく経つとまた思考している。そんな綱引きの繰り返しだ

          仕事中の雑念たちを記録するという試み