名取 道治 Michihari NATORI

小説家。1997年鎌倉生。東大法卒。銀杏派。 道治 =「新たに道をひらく人」 *土田康…

名取 道治 Michihari NATORI

小説家。1997年鎌倉生。東大法卒。銀杏派。 道治 =「新たに道をひらく人」 *土田康彦(日本を代表するヴェネツィアン・ガラス・アーティスト)『The Voice』「刊行に寄せて」執筆 仕事のご依頼:michihari.natori.note@gmail.com

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わが覚悟をみよ (小説:1日31音更新)

 昨今の世は、不安の時代である。この不安は、ネット社会を反映した、現代人の動揺ではないか。ネット社会は「ふつうが何か」を可視化した。さらに、ふつうの人生にはどん…

水と戦争 (小説)

 ふたつの紙コップがたおれた。片方は右の机で、もう片方は左の机である。ふたつの水は、ふたつの机のあいだで波を合わせる。机の側面はなだらかな山であり、ふたつの机を…

救われないなら (詩)

  なやましい一瞬の肉感的な惨虐な感覚が   私のからだに沁み亙った                室生犀星 かつて愛した女の元に来て おのれの犯した罪の在り処を…

絵具と血 (小説)

誰が誰だか分からない人混みに揉まれたい。 美大を中退して広告企業の企画部に勤める男は、痩せ細った身を抱いて目をつむった。ネットに住所を貼り、「誰でも可」と人間を…

岩なれども母なり (小説)

 母のいない私からすると、日本庭園の橋の手前にある、丸まった人のような花崗岩に、母というものが見えていた。この家を取り仕切る父の母、つまり、私の祖母に、服従を見…

秋葉原 後編 (小説)

 わたしたちは、地上に降りると、東京のはげしい日照りを浴びる。その日は、太陽から降りて来た自然光というより、ビルをつらねる電気街に乱反射した、上からも、下からも…

秋葉原 前編 (小説)

 君よ。アニメを観るか。観なくたって何ということはないさ。メイドカフェに行ったことがあるか。行かなくたって何ということはないさ。  しかし、アニメやメイドカフェ…

はねかえる声 (小説)

 私の今日の仕事は、官房長官会見を聴くことである。官房長官が何を言ったのか、記者からどんな質問があったのか、記録するのである。 「各位 本日午後の官房長官会見の…

わかりやすさを批判する (随筆)

 わかりやすさを求める傾向は理解できるが、その状況を肯定できない。  わかりやすさを求めたとて、この世はわかりにくい。なぜ火があり、水があり、風があり、土がある…

回想 & 一区切り

 はっきり云って、Noteに小説を載せるほど身はすり切れる。  無料公開の作品に、命は擲てないだろう。てきとうに。てきとうに。そうおもうほど、創る力は腐ってしまう。…

珍客 (小説)

「大きく云えば、戦争、災害、小さく云えば、事件、病気、人間生きてりゃ、それなりの理不尽にぶちあたるさ。葉が枯れるように、空が陰るように、血が黒ずむように、風が凪…

蛙は風になる (小説)

 幸福というものはたわいなくっていいものだ  ――草野心平  暮れ方に、山の音。  蛙はうすめをひらき、風にたなびく水田をうつし、 「……おれは風かもしれない。ち…

追う、追われる、哀歌 (詩)

  僕を追う側にする君は   眼を合わしちゃくれないが   君を追われる側にした僕は   眼が合わないとせつなくて   もし 眼が合えば 僕と君だけ   もろくく…

信条 (随筆)

 何かを信じれば、何かの矛盾をきたす。  信じることの哀しい副作用である。  たとえば、一人一人を尊重することが大切だと信じる者も、急用ができれば、人混みは肌色の…

汽車ごっこ (小説)

 四人の子は、空き地につどってから、父と母の悪口をいった。それから、自分たちは、かならず、父と母より、すばらしい教育をすると、誓いあった。四人は、八歳の小学二年…

汽車ごっこ ー序曲ー

 電車ごっこではなく、「汽車ごっこ」と題したのも、いくらか理由あってのことだった。  一九三二年、文部省が「電車ごっこ」という文部省唱歌をあんでいた。なんでも、…

わが覚悟をみよ (小説:1日31音更新)

わが覚悟をみよ (小説:1日31音更新)

 昨今の世は、不安の時代である。この不安は、ネット社会を反映した、現代人の動揺ではないか。ネット社会は「ふつうが何か」を可視化した。さらに、ふつうの人生にはどんな修羅場があるかを可視化した。
 ちょっと見えるから、不安がるのである。ふつうと違うことも、近未来の修羅場も、ネットをひらけば直ぐにわかるから、自分がふつうなのか、修羅場でずっこけないか、後ろ向きな想像をたくましくして、胸のつぶれるような寒

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水と戦争 (小説)

水と戦争 (小説)

 ふたつの紙コップがたおれた。片方は右の机で、もう片方は左の机である。ふたつの水は、ふたつの机のあいだで波を合わせる。机の側面はなだらかな山であり、ふたつの机を合わせると砂時計のかたちである。だから、ふたつの水は砂時計のような溝に交じり合って吸い込まれていく。吸い込まれた水は机のうらに水の膜を拡げていき、あふれかえった水から糸が垂れていき、先端の水滴を切り離していく。水滴がゴムタイルの床に次々と落

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救われないなら (詩)

救われないなら (詩)

  なやましい一瞬の肉感的な惨虐な感覚が
  私のからだに沁み亙った
               室生犀星

かつて愛した女の元に来て
おのれの犯した罪の在り処を知ることだ

ずっとかすかにつらい世で
愛しさだけが澄み切っている

ロマンスは平等なのだ
天も地もない、共鳴の地平線である

くつくつと笑いが漏れるのは
若さの浪費を已めることのない
私自身の弱さゆえか 否か ?

天は采配を振るう

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絵具と血 (小説)

絵具と血 (小説)

誰が誰だか分からない人混みに揉まれたい。

美大を中退して広告企業の企画部に勤める男は、痩せ細った身を抱いて目をつむった。ネットに住所を貼り、「誰でも可」と人間を募った。彼は四万人のフォロワーを抱えるツイッタラーであった。小一時間ほどで2DKの安アパートに床板が跳ねるほどの人間が集まった。誰しも行き場がなかったのである。

元カノの居た部屋のレコードを誰かがいじり、QUEENの"We Are Th

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岩なれども母なり (小説)

岩なれども母なり (小説)

 母のいない私からすると、日本庭園の橋の手前にある、丸まった人のような花崗岩に、母というものが見えていた。この家を取り仕切る父の母、つまり、私の祖母に、服従を見せるような気弱さが、花崗岩の模様の震えに表れているとさえ思っていた。
 私には、この花崗岩が、母に思えてならない。そんなことは、おおよそ、馬鹿げたことである。だが、私は、子供のころより、小川の流れる日本庭園で遊ぶとき、庭園はだだっ広いにもか

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秋葉原 後編 (小説)

秋葉原 後編 (小説)

 わたしたちは、地上に降りると、東京のはげしい日照りを浴びる。その日は、太陽から降りて来た自然光というより、ビルをつらねる電気街に乱反射した、上からも、下からも、横からも、斜めからも来る、人工の光りに感じられる。
 そんな光りにひたされた道をいくほど、るしあの目の放っていた、生命の光りの粒が、わたしの目の裏でよみがえる。もう、記憶の中の彼女は、おぼろである。かろうじて、その目の光りの粒だけが、記憶

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秋葉原 前編 (小説)

秋葉原 前編 (小説)

 君よ。アニメを観るか。観なくたって何ということはないさ。メイドカフェに行ったことがあるか。行かなくたって何ということはないさ。
 しかし、アニメやメイドカフェが、オタクという名の、陰キャラの、コミュ障の、メガネ率の高い、鼻息の荒い、独りぼっちの人間たちのものであると思うなら、この『秋葉原』と題するメイドカフェ探訪記が、君に新しい視点をさずけるだろう!
 当たりまえであるが、何ごともイメージで切り

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はねかえる声 (小説)

はねかえる声 (小説)

 私の今日の仕事は、官房長官会見を聴くことである。官房長官が何を言ったのか、記者からどんな質問があったのか、記録するのである。
「各位 本日午後の官房長官会見の概要は以下のとおり……」とEメールで関係者に記録をまくのである。
 私は真剣な顔つきである。暖房の効かない肌寒い職場で、ささくれた指さきを揉んでいる。私は両耳にイヤホンをしている。スマホで官房長官会見のライブ配信をみつめているのだ。うなだれ

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わかりやすさを批判する (随筆)

わかりやすさを批判する (随筆)

 わかりやすさを求める傾向は理解できるが、その状況を肯定できない。
 わかりやすさを求めたとて、この世はわかりにくい。なぜ火があり、水があり、風があり、土があるのか。自然はふくざつ怪奇である。わかりやすさは、人間のための虚構だ。わかりやすさを求めることは、虚構を求めることだ。わかりやすさに縋りすぎることは、わかりにくい自然から離れて、わかりやすい虚構に溺れることではないか。
 例えば、石を拾ったと

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回想 & 一区切り

回想 & 一区切り

 はっきり云って、Noteに小説を載せるほど身はすり切れる。
 無料公開の作品に、命は擲てないだろう。てきとうに。てきとうに。そうおもうほど、創る力は腐ってしまう。命の火をかきたてながら、創ることが肝なのに、冷気に命を漬けて、火を葬っている。

 しかし、Noteで試みたことは、現代への道を築くことであった。

 私は4編『快刀乱麻』『汽車ごっこ』『蛙は風になる』『珍客』を載せた。けっこう駄作だと

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珍客 (小説)

珍客 (小説)

「大きく云えば、戦争、災害、小さく云えば、事件、病気、人間生きてりゃ、それなりの理不尽にぶちあたるさ。葉が枯れるように、空が陰るように、血が黒ずむように、風が凪ぐように、乾いた濁った張りつめた静寂に、ぜんぶが呑まれちまうさ。それでそいつはたまらなく苦い味なんだ。それで、なんで苦味を舐めながら生きにゃならんか、苦悩が始まってしまうんだ。つまり、(語り手は、手を右から左に動かす。)理不尽→苦悩の図式が

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蛙は風になる (小説)

蛙は風になる (小説)

 幸福というものはたわいなくっていいものだ
 ――草野心平

 暮れ方に、山の音。
 蛙はうすめをひらき、風にたなびく水田をうつし、
「……おれは風かもしれない。ちょっと、周りを揺すって、それでおしまい……。なあんの意味もない。そうさ、そうさ、おれは風だ。ああ、おれは風なんだ」
 ふわあっと、蛙は大きな口をあけました。緑いろの顔に、青いろの隈。すいみん不足でした。きのう、月にみとれていたのです。蛙

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追う、追われる、哀歌 (詩)

追う、追われる、哀歌 (詩)

  僕を追う側にする君は
  眼を合わしちゃくれないが

  君を追われる側にした僕は
  眼が合わないとせつなくて

  もし 眼が合えば 僕と君だけ
  もろくくずれる ひとみの奥に
  追うも追われるも融けちゃえと
  おんなじ鼓動をうつ心臓になる
  
  ひとつになれた名残をなでて
  にっちもさっちもいかぬ
  明け方の道を駈けてしまえ!

  しかし、手を離したら、また、
  追うと

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信条 (随筆)

信条 (随筆)

 何かを信じれば、何かの矛盾をきたす。
 信じることの哀しい副作用である。
 たとえば、一人一人を尊重することが大切だと信じる者も、急用ができれば、人混みは肌色の迷宮にみえ、一人一人は肌色の壁にみえ、壁の間をすりぬける感覚で、人混みをかき分ける。人混みの隙間がないほど、周りの壁を押しのけることになる。壁はよくしなって、その者に道を与えるだろう。さて、この段になり、この者の信条、他者を尊重することと

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汽車ごっこ (小説)

汽車ごっこ (小説)

 四人の子は、空き地につどってから、父と母の悪口をいった。それから、自分たちは、かならず、父と母より、すばらしい教育をすると、誓いあった。四人は、八歳の小学二年生である。しかし、切なく笑えるほど、四人は垢ぬけていた。それは、たぶん、四人のあいだで疑問をもちより、議論につばをはきあい、世のたいていの嘘をあばききったからだった。
 四人の子は、三軒ずつが向かいあう区画で、四隅の家に分かれて住んでいた。

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汽車ごっこ ー序曲ー

汽車ごっこ ー序曲ー

 電車ごっこではなく、「汽車ごっこ」と題したのも、いくらか理由あってのことだった。
 一九三二年、文部省が「電車ごっこ」という文部省唱歌をあんでいた。なんでも、尋常小学校一年生むけの歌である。

   電車ごっこ

  運転手は 君だ
  車掌は  僕だ
  あとの四人が 電車のお客
     お乗りは お早く
     動きます ちんちん

  運転手は上手 電車は早い
  つぎは上野の 公園前

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