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短編小説4編 『快刀乱麻』 『汽車ごっこ』 『蛙は風になる』 『珍客』
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絵具と血 (小説)

絵具と血 (小説)

誰が誰だか分からない人混みに揉まれたい。

美大を中退して広告企業の企画部に勤める男は、痩せ細った身を抱いて目をつむった。ネットに住所を貼り、「誰でも可」と人間を募った。彼は四万人のフォロワーを抱えるツイッタラーであった。小一時間ほどで2DKの安アパートに床板が跳ねるほどの人間が集まった。誰しも行き場がなかったのである。

元カノの居た部屋のレコードを誰かがいじり、QUEENの"We Are Th

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岩なれども母なり (小説)

岩なれども母なり (小説)

 母のいない私からすると、日本庭園の橋の手前にある、丸まった人のような花崗岩に、母というものが見えていた。この家を取り仕切る父の母、つまり、私の祖母に、服従を見せるような気弱さが、花崗岩の模様の震えに表れているとさえ思っていた。
 私には、この花崗岩が、母に思えてならない。そんなことは、おおよそ、馬鹿げたことである。だが、私は、子供のころより、小川の流れる日本庭園で遊ぶとき、庭園はだだっ広いにもか

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回想 & 一区切り

回想 & 一区切り

 はっきり云って、Noteに小説を載せるほど身はすり切れる。
 無料公開の作品に、命は擲てないだろう。てきとうに。てきとうに。そうおもうほど、創る力は腐ってしまう。命の火をかきたてながら、創ることが肝なのに、冷気に命を漬けて、火を葬っている。

 しかし、Noteで試みたことは、現代への道を築くことであった。

 私は4編『快刀乱麻』『汽車ごっこ』『蛙は風になる』『珍客』を載せた。けっこう駄作だと

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珍客 (小説)

珍客 (小説)

「大きく云えば、戦争、災害、小さく云えば、事件、病気、人間生きてりゃ、それなりの理不尽にぶちあたるさ。葉が枯れるように、空が陰るように、血が黒ずむように、風が凪ぐように、乾いた濁った張りつめた静寂に、ぜんぶが呑まれちまうさ。それでそいつはたまらなく苦い味なんだ。それで、なんで苦味を舐めながら生きにゃならんか、苦悩が始まってしまうんだ。つまり、(語り手は、手を右から左に動かす。)理不尽→苦悩の図式が

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蛙は風になる (小説)

蛙は風になる (小説)

 幸福というものはたわいなくっていいものだ
 ――草野心平

 暮れ方に、山の音。
 蛙はうすめをひらき、風にたなびく水田をうつし、
「……おれは風かもしれない。ちょっと、周りを揺すって、それでおしまい……。なあんの意味もない。そうさ、そうさ、おれは風だ。ああ、おれは風なんだ」
 ふわあっと、蛙は大きな口をあけました。緑いろの顔に、青いろの隈。すいみん不足でした。きのう、月にみとれていたのです。蛙

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汽車ごっこ (小説)

汽車ごっこ (小説)

 四人の子は、空き地につどってから、父と母の悪口をいった。それから、自分たちは、かならず、父と母より、すばらしい教育をすると、誓いあった。四人は、八歳の小学二年生である。しかし、切なく笑えるほど、四人は垢ぬけていた。それは、たぶん、四人のあいだで疑問をもちより、議論につばをはきあい、世のたいていの嘘をあばききったからだった。
 四人の子は、三軒ずつが向かいあう区画で、四隅の家に分かれて住んでいた。

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汽車ごっこ ー序曲ー

汽車ごっこ ー序曲ー

 電車ごっこではなく、「汽車ごっこ」と題したのも、いくらか理由あってのことだった。
 一九三二年、文部省が「電車ごっこ」という文部省唱歌をあんでいた。なんでも、尋常小学校一年生むけの歌である。

   電車ごっこ

  運転手は 君だ
  車掌は  僕だ
  あとの四人が 電車のお客
     お乗りは お早く
     動きます ちんちん

  運転手は上手 電車は早い
  つぎは上野の 公園前

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快刀乱麻 (小説)

快刀乱麻 (小説)

 硯に筆をたっぷりとつけ、四度の深呼吸、十五度ばかり身を屈め、半切の和紙、かるくおさえる。
「……快刀乱麻」
 これからしるす四字である。男は、おのれの恥をすすぎ、死ぬために書くのである。その悲壮な信念に、まともな同情が得られるほど、世は清潔ではなく、堕落していて、手狭ではあるが、やわらかいものを食べ、ふんわりしたものにうたた寝できるほど、平和な世になっていた。してみるに、この世からすれば、死ぬこ

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