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現代を深く認めよ

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生きづらい現代を深く認めよ。
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記事一覧

水と戦争 (小説)

水と戦争 (小説)

 ふたつの紙コップがたおれた。片方は右の机で、もう片方は左の机である。ふたつの水は、ふたつの机のあいだで波を合わせる。机の側面はなだらかな山であり、ふたつの机を合わせると砂時計のかたちである。だから、ふたつの水は砂時計のような溝に交じり合って吸い込まれていく。吸い込まれた水は机のうらに水の膜を拡げていき、あふれかえった水から糸が垂れていき、先端の水滴を切り離していく。水滴がゴムタイルの床に次々と落

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救われないなら (詩)

救われないなら (詩)

  なやましい一瞬の肉感的な惨虐な感覚が
  私のからだに沁み亙った
               室生犀星

かつて愛した女の元に来て
おのれの犯した罪の在り処を知ることだ

ずっとかすかにつらい世で
愛しさだけが澄み切っている

ロマンスは平等なのだ
天も地もない、共鳴の地平線である

くつくつと笑いが漏れるのは
若さの浪費を已めることのない
私自身の弱さゆえか 否か ?

天は采配を振るう

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秋葉原 後編 (小説)

秋葉原 後編 (小説)

 わたしたちは、地上に降りると、東京のはげしい日照りを浴びる。その日は、太陽から降りて来た自然光というより、ビルをつらねる電気街に乱反射した、上からも、下からも、横からも、斜めからも来る、人工の光りに感じられる。
 そんな光りにひたされた道をいくほど、るしあの目の放っていた、生命の光りの粒が、わたしの目の裏でよみがえる。もう、記憶の中の彼女は、おぼろである。かろうじて、その目の光りの粒だけが、記憶

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秋葉原 前編 (小説)

秋葉原 前編 (小説)

 君よ。アニメを観るか。観なくたって何ということはないさ。メイドカフェに行ったことがあるか。行かなくたって何ということはないさ。
 しかし、アニメやメイドカフェが、オタクという名の、陰キャラの、コミュ障の、メガネ率の高い、鼻息の荒い、独りぼっちの人間たちのものであると思うなら、この『秋葉原』と題するメイドカフェ探訪記が、君に新しい視点をさずけるだろう!
 当たりまえであるが、何ごともイメージで切り

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はねかえる声 (小説)

はねかえる声 (小説)

 私の今日の仕事は、官房長官会見を聴くことである。官房長官が何を言ったのか、記者からどんな質問があったのか、記録するのである。
「各位 本日午後の官房長官会見の概要は以下のとおり……」とEメールで関係者に記録をまくのである。
 私は真剣な顔つきである。暖房の効かない肌寒い職場で、ささくれた指さきを揉んでいる。私は両耳にイヤホンをしている。スマホで官房長官会見のライブ配信をみつめているのだ。うなだれ

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