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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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#物語

『僕から僕へのメリー・クリスマス』

『僕から僕へのメリー・クリスマス』

日は落ちて、公園は薄暗くなってきた。
いくつかの街灯に照らされているところだけが、ほの明るい。
少し前まで遊んでいた子供たちももういない。
そのせいでもないだろうが、空気も冷たくなってきた。
住宅街にある小さな公園だ。
遊具といったも、たいしたものはない。
低い滑り台と、キリンやパンダを模したまたがるだけのものが数台。
あとは小さな砂場。
公園の周囲は家に囲まれている。
窓からは、暖かそうな灯りが

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『クリスマスカラス』 # 毎週ショートショートnote

『クリスマスカラス』 # 毎週ショートショートnote

健太君にはどうしてもわからないことがありました。
サンタさんのソリがどうして空を飛べるのか。
ある年のクリスマスイブ。
健太君は屋根に隠れて見張っていました。
サンタさんが家の中に入るのを待って、健太君は、家にあった懐中電灯でソリを照らしました。
するとどうでしょう。
ソリに繋がれたカラスが6羽、闇の中から浮かび上がりました。

カラスは慌てました。
「誰かに言ったら、もうサンタさんは来ないからね

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『静かな人生』

『静かな人生』

私は父に引きずられて、2階の寝室まで連れて行かれた。
父は、痛いと泣く私の腕を引っ張って階段を上った。
一段ごとに段差が体に当たり、私は泣きわめく。
無力感がさらに私の泣き声を大きくする。
廊下の突き当たりは父と母の寝室。
父がドアを開けると部屋はカーテンが引かれたままで真っ暗だった。
それとも、もうそれは夜の出来事だったのだろうか。
暗闇の中を父は進んだ。
フローリングの床は、足を突っ張ろうとし

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『穴の中の君に贈る』 # 毎週ショートショートnote

『穴の中の君に贈る』 # 毎週ショートショートnote

一見絶望的なこの状況だが、案外そうでもないかもしれない。
この向こうにも同じような穴があって、両方から掘り進めば、見事トンネル開通、などということも考えられるわけだ。
絶望は希望の始まり。
穴はトンネルの始まりだ。

いや、待て。
トンネルが開通して、掘り進んできた2人が抱き合ったとしてだ。
お互いに穴の外には出られないから掘り進んだのではないか。
そんな穴が開通したとして、その先どこに向かうとい

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『ロングシュート』

『ロングシュート』

日本が強豪国に逆転勝ちをした。
そんなニュースに日本中が沸き立った翌日、週3日で通う管理人のシフトは休みだった。
朝から、テレビもネットニュースもその話題で持ちきりだった。
シュートを決めた選手の両親や兄弟。
学生時代の恩師。
小学生の頃の友人まで。
関係者は引っ張りだこだ。
頭越しに飛んできたパスをトラップして、そのままゴール前に。
キーパーとゴールポストのわずかな隙間を狙ったボールはネットに突

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『少年とボクサー』

『少年とボクサー』

少年は生まれた時から重篤な《病》を抱えていた。
《医者》は、
「治療することは現在の《医学》では難しい、できるのは侵食をできるだけ遅らせる、はっきり言えば、最後の時を少しでも遅らせる、それだけだ」
と両親に伝えた。
「もちろん今すぐに終わらせることも可能だ」とも付け加えた。
両親は悩んだ。
人に相談できるものではない。
2人だけで、毎晩語り明かした。
気がつけば、どちらかが涙を流していることもあっ

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『告白雨雲』 # 毎週ショートショートnote

『告白雨雲』 # 毎週ショートショートnote

告げられた思いは、それが叶おうが叶うまいが、空高く昇っていく。
しかし、告げられなかった思い、胸の奥深く秘められたままの思いは、湿気を含んだまま、空の低いところにとどまる。
高さで言えば、スカイツリーの少し上あたりだろうか。
見る人が見ればわかる。
あれが告白雨雲だと。

告白雨雲は、本来なら、あと何億年かはもつと考えられていた。
しかし、昨今の、温暖化の影響はここにもおよんでいた。
もう、いつ降

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『名作の行方』

『名作の行方』

「僕は面白いと思うんですよ。
でもね、今の若い読者には理解できるのかなあ」
そう言って、編集者は原稿の束をこちらに押し戻した。
わかっているさ。
速い話が、面白くないということだ。
「わかったよ。
もう少し柔らかく書き直してみるよ」
「お願いしますよ。
先生の最近の作品はあまりにも高尚すぎるんです。
以前のようにもう少しわかりやすくしてもらえればと」
小説としてはどうなのか、ということを言いたいの

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『違法の健康』2  # 毎週ショートショートnote

『違法の健康』2 # 毎週ショートショートnote

殊更に健康にこだわり必要以上に長生きをしようとする健康者は、自然の摂理に反していると言わざるを得ない。
健康は違法だと提訴された。

もちろん、健康者はそれに意を唱える。
健康が違法なら、不健康も違法ではないか。
いや、違法というなら、むしろ不健康こそが違法だ。
必要以上に、糖分やカロリーをとり、寿命を縮めてしまう。
医療費もかさむ。
不健康こそ違法であり、不健康者は排除するべきだ。

と、そこに

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『違法の健康』 # 毎週ショートショートnote

『違法の健康』 # 毎週ショートショートnote

小窓ひとつない薄暗い小屋の中で女は打ちひしがれていた。
情けなくて涙も出ない。
どうしてこんな目にあうのか。
あんなに苦労したのに。
憲兵に見つかるとは。

つい数時間前までは希望に満ち溢れていた。
やっと闇で手に入れた食料の山。
普通では手に入らない野菜や甘い果物。
少しだが白米もある。
これを息子に食べさせる。
空襲の犠牲になり、余命いくばくもない息子に。
息子の笑顔を見たい。
最後にもう一度

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『感想文部』 # 毎週ショートショートnote

『感想文部』 # 毎週ショートショートnote

「感想文部?」
「ええ、そうです」
「文学部ではなくて? 感想文部?」
「その通り。我が校に感想文部を新設しましょう」  

かつては、日記、自由研究と合わせて、小中高生の3大嫌われ者のひとつだった感想文。
しかし、今や感想文は大人気だ。
感想文を書く人は、インプレッションズライターと呼ばれて、なりたいもの職業の堂々一位に輝いている。
「その小説を書いた人は知らないけど、その感想文を書いた人なら知

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『息子は死にましたよ』

『息子は死にましたよ』

これは事実をもとにした物語である。

その朝、銀行のシャッターが上がると同時にその男は彼女の目の前に立った。
背は高くないが少し太り気味。
40歳くらいだろうか。
左目と比べて右目が極端に細い。
「母が亡くなったんですけど」
カウンターの向こうに腰をかけてそれだけ言った。
この歳で、他人と話すのに慣れていないようだ。
「お母様がお亡くなりになられたのですね。
ご愁傷様です。大変でしたね」
よくある

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『株式会社のおと』# 毎週ショートショートnote

『株式会社のおと』# 毎週ショートショートnote

「みんなに応援してもらって、仲間と素晴らしいものをつくるのが株式会社なんだよ」
彼は、自分の質問に父が答えるのを聞いていた。
次の日、テーブルの上に一冊のノートがあった。
「株式会社のおと」と書かれている。
「これはなんだい? 」
「これはね、ママに応援してもらって、パパと僕で素敵なおはなしを書いていくんだよ。だから、株式会社のおとなんだ」

「で、あの時のように、この新しいノートに2人で物語を書

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『コスモス』

『コスモス』

今年も庭のコスモスが花を咲かせている。
20坪ほどある庭の片隅に、身を寄せ合うように淡い色の花が揺れている。
この家を買う時に、駐車場とは別に、狭くても庭のある家にしようと妻と話し合った。
郊外の開発されたばかりの分譲地に、それでも無理してローンを組んだ。
妻が懸命にやりくりする給料も、世間の景気の拡大とともに順調に上がり続けた。
肩書きも、ひとつふたつと上がり、部下も増えた。

その間に、子供も

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