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『違法の健康』 # 毎週ショートショートnote

小窓ひとつない薄暗い小屋の中で女は打ちひしがれていた。
情けなくて涙も出ない。
どうしてこんな目にあうのか。
あんなに苦労したのに。
憲兵に見つかるとは。

つい数時間前までは希望に満ち溢れていた。
やっと闇で手に入れた食料の山。
普通では手に入らない野菜や甘い果物。
少しだが白米もある。
これを息子に食べさせる。
空襲の犠牲になり、余命いくばくもない息子に。
息子の笑顔を見たい。
最後にもう一度、健康だった時の笑顔を。

長身の男は軍服の肩をそびやかした。
「許してください」
女は息子のことを話した。
男は女に銃を突きつける。
「お前を見逃せば、俺の命がない」
女の目から、この日初めての涙が落ちた。

男は外に出ると、小屋に背を向けた。
女の話が本当かどうか。
どうであれ、違法は違法だ。
あの女も、この自分も。

戻ると女の姿は消えていた。
食料を詰め込んだ袋も無くなっている。
男は保身のための報告書を作成した。
女は銃殺、死体は処分。
そして、銃を一発、空に撃った。

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