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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2022年6月の記事一覧

『涙鉛筆』 # 毎週ショートショートnote

『涙鉛筆』 # 毎週ショートショートnote

僕には、ずっと好きな子がいるんだ。
幼い頃からいつも一緒に遊んでいた。
大人になったら結婚したいなって思っている。
でも、彼女の気持ちはわからない。
いつか聞いてみたいな。
でも、僕には勇気がない。

ある日、彼女が泣いていたんだ。
「どうしたんだい」
僕が聞くと、彼女は涙を流しながら話してくれた。
彼女が、好きな男の子に告白したらしい。
でも、彼は彼女の気持ちを受け入れなかったというんだ。
それ

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『家族写真』

『家族写真』

お母さん、今までありがとう。
あらためてこんなこと言うの、少し恥ずかしいな。
でも、やっぱり、ありがとう。

お母さんの口ぐせは、
「身だしなみは大丈夫?」
だったね。

私が子供の頃から、お母さんは言ってた。
小学校に通うようになってからは、毎朝、言ってたよ。
そして、あわてて出かけようとする私を引き止めて、髪の乱れや、帽子の傾きなんかをなおしてくれた。
ハンカチも毎日取り替えてくれた。

お父

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『透明人間』

『透明人間』

私は透明人間だ。
君たちはよく、社会や家庭で存在感が無くなった時に、透明人間のようだと言う。
しかし、私の場合はそうではない。
私は、文字通り、透明人間として存在している。
幽霊ではない。
あんなのと一緒にするな。
あれは迷信だ。
それに、もし出くわしたら、私だって…怖い。

そんなことはどうでもいい。
私は透明人間だ。
どこにいるって?
ここにいるとしか言いようがない。
見えなくても、ここにいる

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『ショートショート王様』 # 毎週ショートショートnote

『ショートショート王様』 # 毎週ショートショートnote

私たちはその山小屋に駆け込んだ。
残り少ない水を回し飲みする。

私たちは幼なじみ。
ショートヘアの私はショートと呼ばれた。
少年野球でショートを守っていた彼のあだ名もショート。
そして、体も大きく力も強かった彼は、王様と呼ばれた。
成長して、再会したのは政府軍の檻の中。
脱走した私たちは、革命団を結成した。
3人の頭文字をとってSSKと名づけた。
SSKの人数は膨れ上がり、独裁者を怯えさせた。

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『悲しみのスパイ』

『悲しみのスパイ』

ようやく、使命が果たせるはずだった。
あらゆる資料、錯綜した情報を整理して、さらに経験からくるカンという奴も、1人の人間を指差していた。
その人間を捕らえて身分を白状させる、あるいは最悪でも始末してしまえれば、長年にわたる私の捜査も終わりを告げるはずだった。
そして、しばらくは海外で家族ともどもゆっくり過ごしたい。
そんなわがままも許されるはずだった。
しかし、追い続けたその矢印の先にいるのは、イ

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『父の日』

『父の日』

昼前に迎えに行った家は、郊外の一軒家だった。
白い壁が建ち並んだ中の一軒。
玄関横のガレージには、ヨーロッパのRV車が止まっている。
時間ちょうどにインターホンを押して待っていると、若い夫婦と女の子の親子連れが乗り込んできた。
行き先は、都心の新しくできたショッピングビル。
念のためにナビに出たルートでいいか確認をして、出発した。

後ろの会話を聞いていて、今日が父の日であることを知る。
女の子が

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『見知らぬ誘拐』

『見知らぬ誘拐』

電話は、その夜突然かかってきた。
シャワーを浴びて、ほっとひと息ついたところだった。
缶ビールを開けた時、バイブにしてある携帯が震え始めたのだ。

「お前の奥さんを誘拐した。金を用意しろ。金額はまた連絡する。警察には絶対に言うな。言ったら、綺麗な奥さんの命はないぞ。見ているからな」

一方的に電話は切れた。
宙を見上げると、とりあえずというようにビールをひと口飲んだ。
さて、と彼は考えた。
イタズ

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『動かないボーナス』  # 毎週ショートショートnote

『動かないボーナス』 # 毎週ショートショートnote

彼は、木造アパートの階段を駆け上がりました。
2階のとっかかりが彼の部屋です。
ほんのり灯りの滲んだガラス戸を引き開けます。
「はら、ボーナスが出たよ」
彼はみかん箱を妻に差し出しました。

戦後の混乱からようやく立ち直ろうとしていた時代。
まだまだ人々は貧しかったのです。
彼も小さな印刷所の印刷工として、毎日遅くまで働いていました。
そこの奥さんが、ボーナスは出せないけどこれをと、みかんをひと箱

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『ガキ大将の正体』

『ガキ大将の正体』

ガキ大将っていうのは、今や死語かもしれない。
その存在すら、アニメやドラマの中にしか存在しない、絶滅危惧種なのかもしれない。
でも、僕が子供の頃には確かに存在したんだ。
だって、その子分だった僕がいうのだから間違いない。

そいつと僕は同い年。
しかも、家が近所だから始末が悪い。
小学校に入学した時から、僕は毎日そいつのランドセルを背負わされた。
右肩に自分のランドセル、左肩にそいつのランドセル。

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『怨恨殺人』

『怨恨殺人』

第一発見者は私だ。
その日は、いつもよりパートからの帰りが遅くなった。
そんな日に限って、夫から定時で終わったからと連絡が入る。
えてしてそんなものだ。
遅くなる旨を返信する。
お腹が空いてたら適当に食べて帰ってと付け加える。
それほど私の手料理にこだわる人ではない。
スーパーの惣菜との区別もつかない人だ。

結婚して12年。
子供はいない。
DVというほどではないが、数年前から、たまに私に手をあ

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『会いたい人』

『会いたい人』

梅雨の晴れ間の昼下がり。
妻と近くのカフェに来ている。
最近できた店だ。
通りに面した全面ガラスは半分ほどブラインドが下ろされているが、その隙間から眩しい光が差し込んでいる。
カウンター席では、こちらに背を向けた学生やサラリーマンが開いたパソコンに没頭している。
妻の後ろの席では、女子高生が2人、言葉も交わさずに向かい合って勉強している。
中間テストっていうのは、今頃だったか。

「死ぬまでにもう

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『消しゴム顔』  # 毎週ショートショートnote

『消しゴム顔』 # 毎週ショートショートnote

僕はいつものようにカフェで勉強していた。
間違った答えを消していると、不意に声をかけられた。
「それ、いただけませんか?」
隣の席の男がこちらを見て笑っている。
「それ、その消しゴムのカスですよ」
「こんなものでよかったら」
「じゃあ」と男は眉間のあたりを指差した。
「ここにこすり付けてください」

丸めたカスを男の眉間に押し付けた僕は、思わず「うわっ」と声を出してしまった。
男の眉間は、ぐにゃり

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『赤い風船』

『赤い風船』

歩行者天国になった大通りを歩く。
1週間前には、彼と一緒だったのに。
賑やかな音楽と笑い声。
みんな楽しそうで、幸せそうだ。
私は、不幸に見えるだろうか。
ひとりぼっちで、肩をすぼめて歩く私は、不幸に見えるだろうか。
子供の手を引いて歩く若い夫婦は、私を見てどう思うのだろうか。

別に男が嫌いってわけじゃない。
どうしてそんな噂が立ったのか。
確かに、できるだけ知られないようにはしていたけれど。

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『親父の「思い出」』

『親父の「思い出」』

俺は、若い頃から家を飛び出した。
会社一筋の親父に反発した。
親父が家庭を顧みることはなかった。
子供の学校行事にも姿を見せたことはない。
家を出る俺を、お袋は引き止めた。
あんたも、さっさと見切りをつけたほうがいいぜ。
何か言いたそうなお袋を残して俺は歩き出した。

俺は、金を稼いでは使い果たす生活を続けていた。
将来のことなど考えなかった。
悪い借金にも手を出した。
家に忍び込んで、親父の印鑑

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