『透明人間』
私は透明人間だ。
君たちはよく、社会や家庭で存在感が無くなった時に、透明人間のようだと言う。
しかし、私の場合はそうではない。
私は、文字通り、透明人間として存在している。
幽霊ではない。
あんなのと一緒にするな。
あれは迷信だ。
それに、もし出くわしたら、私だって…怖い。
そんなことはどうでもいい。
私は透明人間だ。
どこにいるって?
ここにいるとしか言いようがない。
見えなくても、ここにいる。
透明人間だからな。
服を着てみろだと。
失礼なことを言うな。
裸で人前に出るわけがない。
見えないのは当たり前だ。
透明人間の衣服は、やはり、透明だ。
そうか、あれを想像しているのか。
ハットにサングラス、トレンチコートのあれを。
ハットをとり、サングラスを外し、コートを脱ぐと、その下には何もないっていうあれだな。
あんなのは、嘘だ。
透明人間を見たこともないやつの作り話だ。
もう一度言うが、私たちだって服くらい着るさ。
ちなみに、今日はグリーンのポロシャツにジーンズというラフな格好で失礼している。
見えないだろうがね。
何か動かしてみろ?
それも、あれだな。
映画とかでやってるやつだろう。
透明人間が、コップや皿を動かして驚かせるというやつ。
いったい、何のためにそんなことをするのだ。
透明人間はそんなに意地悪じゃない。
まあ、中にはそんなのもいるにはいるが。
そもそも、透明人間は透明だから、コップを持ち上げたりはできない。
持とうとしても、すり抜けてしまう。
透明人間だからとしか言いようがない。
もちろん、手も足もあるさ。
すがたかたちは、君たちと何ら変わらない。
ほら、今、ラジオ体操の、気をつけから腕を上に伸ばして戻すのをやっているぞ。
見えないけどな。
どうして透明になったかって?
それはわからない。
生まれた時から透明なんだから。
君たちだって、どうして人間なのか、わからないだろう。
同じことだ。
ああ、そうか。
君も男なら、思っているのだろう。
透明人間になって、女湯を覗いてみたいと。
よく言われるよ。いいなあって。
でも、そんなことはできない。
我々の世界にも、決まりはある。
そんなことをすれば、すぐに逮捕されてしまう。
同じことだ。
透明人間は何人くらいいるのかって?
いい質問だ。
それは、多分、君たちと同じくらいだな。
というか、これは言ってもいいのかどうかわからないが、特別に教えよう。
君たちが生まれると同時に、透明人間も生まれるのだ。
もちろん、逆だという説もある。
透明人間が1人生まれると同時に、君たちも1人生まれる。
1人に一体、一体に1人。
そういうことだ。
私か、私は君が生まれると同時に生まれたのだ。
それにしては、随分大人だと?
ふん、君の成長が遅い、というよりも、君が幼稚なだけだ。
信じないだと?
構わないさ。
君が信じようが、信じまいが、地球は丸い。
同じことだ。
君に信じてもらわなくても、透明人間はいる。
それに、君たちだって、自分たちの存在を証明しようとして、ややこしいことになっているではないか。
ああ、君は幼稚だから、知らないかもしれないが。
とにかく、私は透明人間だ。
ここにいるさ。
教えてやろう、君の右斜め後ろのあたり、そこに私はいる。
ほら。
ああ、見えないか。
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