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『ガキ大将の正体』

ガキ大将っていうのは、今や死語かもしれない。
その存在すら、アニメやドラマの中にしか存在しない、絶滅危惧種なのかもしれない。
でも、僕が子供の頃には確かに存在したんだ。
だって、その子分だった僕がいうのだから間違いない。

そいつと僕は同い年。
しかも、家が近所だから始末が悪い。
小学校に入学した時から、僕は毎日そいつのランドセルを背負わされた。
右肩に自分のランドセル、左肩にそいつのランドセル。
幼い体には、結構こたえた。
でも、嫌だなんで言えないんだ。
そいつは、ガキ大将だから。

でも、いいこともあったんだよ。
僕はその頃、学年でいちばん背が低かった。
だから、時々ちょっかいを出してくるやつがいた。
そんな時には、必ずそいつが助けてくれた。
別に何をするわけでもない。
そいつが、ガタッと椅子を引いて立ち上がる音がしただけで教室は静まり返った。
僕にちょっかいを出してた奴らは、何ごとも無かったように引き上げていく。

中学になると、そいつは陸上部に入部した。
そして、僕は、マネージャーになった。
そいつが、
「今、陸上部にマネージャー、いないんだよ」
と、ぽつりと言った。
それは、
「お前がマネージャーをやれ」
という意味でしかありえなかった。
僕は、相変わらず、そいつの、ユニフォームやシューズの入ったバッグをかついでいた。

高校は、別々になった。
そいつは、陸上の成績が良くて、私立の高校にスカウトされたんだ。
僕は、地元の公立に通った。
やっと、ガキ大将から解放された。
それは、嬉しかったんだけれども、嫌なことも増えた。
誰も僕を守ってくれなくなったんだよ。
その頃には、僕も背は伸びていたけれど、体は細かった。
細い体に手足は妙に長かったので、アメンボってあだ名されたよ。
休み時間になると、売店までパシリをさせられた。
コーヒー、買ってこい。
コーラ、買ってこい。
でも、そいつらが僕を守ってくれることはなかったよ。

ガキ大将がいて、その子分がいて、子分の中でもヒエラルキーがあった。
でも、それはひとつのグループで、最下層の子分といえども、ガキ大将は敵から守ってくれた。
そんなことは、ここではもうなくなっていた。
いじめられる奴は、どこまでも、誰からも、いじめられる。
いじめる方も、いじめられる方も、みんなひとりだったんだ。

卒業後は、この町を離れたくて、都会の大学に進学した。
そして、そのまま都会で働き始めた。

何年か後に、遠い親戚の葬儀があった。
仕事の都合で、帰るのは深夜になった。
久しぶりの町は、すっかり変わっていた。
それでも面影の残る商店街を、自宅に向かって歩いていた。
閉まったシャツターの前で、若い奴らがたむろしている。
嫌な予感がした。
そんな予感はあたるもんだ。
ひとりと目が合ってしまった。
ぞろぞろと近づいてくる。
僕は、両脇を抱えられて、路地に連れ込まれた。
こんなことなら、何か理由をつけて帰ってくるんじゃなかったと後悔したよ。

うずくまって頭を抱えた僕を、そいつらは攻撃し始めた。
金だけじゃない、うっぷんを晴らしたかったんだろう。
蹴るやつ、殴るやつ、踏みつけるやつ。
ふと、そのうちの誰かが、悲鳴をあげた。
続いて、どたどたと逃げていく足音。

何があった?

恐る恐る見上げると、懐かしい顔があった。
あのガキ大将だ。
そいつが、大きな石を持ち上げて、仁王立ちしていた。
僕は、思わずそいつの足元にすがりついたよ。
もう離すもんかと力いっぱい抱きしめた。

久しぶりに僕が帰るのを聞きつけて、途中でつかまえて飲みに行こうと駅に向かっていたところだったらしい。

そいつは、その後、僕との間に2人の子を産んだ。
今、1人の手を引き、もう1人をさらに逞しくなった背中におぶって、僕の前を歩いている。

ああ、決めつけちゃいけないよ。
ガキ大将が男だとは限らないさ。

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