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『家族写真』

お母さん、今までありがとう。
あらためてこんなこと言うの、少し恥ずかしいな。
でも、やっぱり、ありがとう。

お母さんの口ぐせは、
「身だしなみは大丈夫?」
だったね。

私が子供の頃から、お母さんは言ってた。
小学校に通うようになってからは、毎朝、言ってたよ。
そして、あわてて出かけようとする私を引き止めて、髪の乱れや、帽子の傾きなんかをなおしてくれた。
ハンカチも毎日取り替えてくれた。

お父さんが家族の写真を撮る時にも、「少し待って」って言って私の身だしなみを整えてくれた。
少しうるさいなって思うこともあった、正直言うと。
高校の入学式の時に校門の前で撮ったよね。
あの時も、早くしてって言っちゃったんだ。
反抗期っていう理由で全てが許されるわけでもないよね。
ごめんなさい。

でも、お母さんのお陰で、私、彼と出会うことができたんだと思う。
私を初めて見た時に、清潔そうな人だと思ったんだって。
お母さんの言葉、覚えているよ。
「身だしなみは、いい服を着るとかそういうことではないの。
 あなたが、正直な人かどうか、
 あなたが、まっすぐに生きている人かどうか、
 それを表しているの」
私、そんな人になれたかな。
まっすぐに生きられてるかな。
色々あったけど、やっと今日、彼と結婚式を挙げることができます。
身内だけのささやかな式だけどね。

お母さんが…あっ!

「お父さん、タクシー着いたみたい。私が乗るから待ってもらって」

お母さんがガンで亡くなって少ししてから、お父さんが大きな鏡を玄関に買ったの。
この姿見で、これからは身だしなみを確認しなさいって。
それで、私は毎日、身だしなみをチェックした。
「身だしなみは大丈夫?」
お母さんは、鏡の向こうから見ていてくれたね。
お母さんの、
「行ってらっしゃい」
が聞こえたような気がして、私も、
「行ってきます」
そしたら、お父さんが勘違いして、奥の部屋から、
「おお」とか言うんだよ。

そんなお父さんだけど、昨夜見ちゃった。
寝付けなくて、起きてきたら、玄関で声がしたの。
そっと覗いてみたら、お父さんが姿見の前で何か言ってる。
ウイスキーのグラスを持ちながら。
きっと、私のことを報告していたんだね。
お父さんも、鏡の向こうにお母さんを見ていたんだね。
いつも私が先に出かけるから知らなかったけど、お父さんの身だしなみもチェックしていたんでしょ。

お母さん、今夜は覚悟しておいた方がいいよ。
お父さんの話は、きっと長くなると思うから。
でも、付き合ってあげてください。
お母さん、お父さんをよろしくね。
では、行ってき…あ、そうだ。

「お父さん、早く早く。写真撮るから」
私と父は、姿見を挟んで写真を撮った。
これが、きっと3人で撮る最後の写真になるだろう。
私は、これからは新しい家族写真を撮りためていくのだ。
もう一度身だしなみを確認した。
「お父さん、式場、先に行ってるね。遅れないでよ。それと、身だしなみ」
お母さん、行ってきます。

(1,193文字)


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