『親父の「思い出」』
俺は、若い頃から家を飛び出した。
会社一筋の親父に反発した。
親父が家庭を顧みることはなかった。
子供の学校行事にも姿を見せたことはない。
家を出る俺を、お袋は引き止めた。
あんたも、さっさと見切りをつけたほうがいいぜ。
何か言いたそうなお袋を残して俺は歩き出した。
俺は、金を稼いでは使い果たす生活を続けていた。
将来のことなど考えなかった。
悪い借金にも手を出した。
家に忍び込んで、親父の印鑑を保証人欄に押しまくった。
俺はもともと返すつもりなどない。
取り立てはあっちに行くだろう。
いい気味だ。
いよいよ仕事がなくなった。
金がない。
親父は最近死んでしまったらしい。
だから借金も難しい。
何でも、最後は記憶もあやふやだったようだ。
どうせ、いいことなんかなかった筈だ。
どうでもいい。
そんな店があると聞いて訪ねてみた。
思い出を買ってくれるらしい。
思い出など、いくらでもくれてやる。
路地裏の怪しい店だ。
ガタのきたドアを押し開けた。
店主は俺の思い出をひと目見て、
「こんな思い出はあんまり金にはなりませんな。ほれ、そこの」
店主は俺の横の棚を指さした。
売られた思い出がずらりと並んでいる。
俺と同じような奴はたくさんいるようだ。
「ほれ、そこの思い出。
全てを犠牲にして育てた息子が放蕩息子で、
その息子の借金返済のために売られた思い出。
こういうのがええんですわ」
俺は、生まれて初めて悲しいと思った。
親父と呟いて、泣いた。
次の日、俺はお袋の元に帰った。
親父の思い出を抱えて。
料金は、店主がサービスしてくれた。
私の良い思い出にしますってな。
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