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『父の日』
昼前に迎えに行った家は、郊外の一軒家だった。
白い壁が建ち並んだ中の一軒。
玄関横のガレージには、ヨーロッパのRV車が止まっている。
時間ちょうどにインターホンを押して待っていると、若い夫婦と女の子の親子連れが乗り込んできた。
行き先は、都心の新しくできたショッピングビル。
念のためにナビに出たルートでいいか確認をして、出発した。
後ろの会話を聞いていて、今日が父の日であることを知る。
女の子が、父親に食事をプレゼントするらしい。
女の子は、みたところ小学校に入ったあたり。
多分、お金は母親が出すのだろう。
自分にもそんなことがあったと思い出す。
母の日には、自分がお金を出して、娘の名前でカーネーションを送ったりした。
また、父の日には、当時まだ吸っていた煙草用にと、ガラスの灰皿をもらったことがある。
もちろん、小学生の娘に買えるはずはない。
吸いすぎに気をつけてと幼い字で書かれたメモも含めて、妻が段取りしたものだ。
子供が幼いころは、母の日や父の日であると同時に、夫婦の気持ちを確かめ合う日でもあった。
その娘も、今年の初めには結婚してアメリカに旅立った。
夫の転勤について行ったかたちだ。
元々英語はある程度できるようで、向こうで自分の仕事は探すと言っていた。
見つかったという連絡はまだない。
そもそも、連絡などする気はないだろうが。
シアトルなどと言われても、こちらは、イチローとスターバックスしか思い浮かばない。
親子連れを降ろす時に、よかったら帰りも呼んで下さいと声をかけておいた。
結局、親子連れが帰りもうちのタクシーを使ったかどうかはわからない。
この車には迎えの指示は入らなかった。
車庫に戻って売り上げの計算をしていると、同僚が声をかけてきた。
同僚と言っても、歳は向こうのほうが20ほど若い。
「見てくださいよ」
いきなりスマホを突きつけてくる。
画面には、下手な絵の写真。
「今朝、出勤前に娘が描いてくれたんですよ。父の日でしょ、今日は」
それで、その絵が彼の似顔絵だとわかった。
「先輩のところはどうですか」
「こっちは、とっくに結婚して海の向こうにいるよ」
「国際結婚ですか、すごいですね」
「そうじゃないんだ」
ひと通り説明してやる。
「シアトルですかあ」
多分こいつも俺と同じくらいの知識しかないのだろう。
知識というほどのものではないが。
妻は夜勤で出勤していた。
あらかじめ聞いていたので、夕食は外で済ませてきた。
シャワーを浴びて眠る前に、缶ビールをひと缶だけ飲む。
それ以上は、翌朝の飲酒チェックで引っかかる恐れがある。
深夜、メールの受信音。
時計を見ると、0時前。
ー父の日だね、いつもありがとう。
相変わらず、時差など考えない娘だ。
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