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●ショートショート●

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これまでに書いた短編小説、ショートショートをまとめたものたち。
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#短編小説

【ショートショート】 表面張力

【ショートショート】 表面張力

 十年以上も別々な人生を生きてきた、いろんな人間がごちゃ混ぜに存在する学校みたいな環境だと、どうしても「いじる人間」と「いじられる人間」が生まれる。

 俺たちのクラスも、例に漏れずしっかりその「病」にかかっていて、俺はどちらかいうと「いじられる側」の人間だった。

 昔からそうだったから、そういうものだと思っていたし、自分としてはさほど違和感はなかった。

 だからこそ、俺を「いじる人間」がずい

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【ショートショート】 おじいさんの赤いスカーフ

【ショートショート】 おじいさんの赤いスカーフ

 その日は朝からどんよりと曇っていて、母さんに言われて渋々折り畳み傘を持ってきた。

 正確にいうと、「ツバメが低く飛んでいるから持っていきなさい」と言う母さんの言葉を、面倒くさいと無視していた。
 そうしたら、「あんたは本当に言うことを聞かないね」と、ランドセルの隙間に折り畳み傘を差し込むついでに、ゲンコツをおまけでつけられた。暴力反対。

 僕の日常なんて、そんなもんである。
 ゲンコツのあた

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【ショートショート】 指先の宝物

【ショートショート】 指先の宝物

「今日は、あなたの中の宝物について、語ってもらおうと思います」

 黒板の前で先生がそう言うのを、私は頬杖をつきながらぼんやりと聞く。

 自分の中の宝物。

 プラスチック製のあるアニメキャラクターの人形、カルピスの匂いのする消しゴム、父が出張先で買ってきた異国のポストカード、小さなゼンマイ仕掛けのオルゴール。

 配られる作文用紙を後ろのクラスメイトに回しながら、ちょっと考えてみたら、思ったよ

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【ショートショート】 その猫が言うには

【ショートショート】 その猫が言うには

「いいですか、きみ。よく聞くがいいよ」

 不意にどこからかそんな声が聞こえて、その声の持つ緊張に、私は思わず微睡から身を起こす。

 ぐるりと部屋を見渡して声の主を探すけれど、この部屋には自分以外誰もいない。そっとスマホの画面をつけて、時間を確認した。

 十五時過ぎを示している、その画面の明るさとは裏腹に周囲は随分と薄暗い。

 大学の授業の空き時間に、使われていない教室でうたた寝をしていた。

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【ショートショート】 さかなのノート

【ショートショート】 さかなのノート

 授業中、教科書とノートを自分の座る席の机上に広げる。

 そこは私にとって、五十分を過ごすにはあまりに狭い世界なので、私はときどきノートの「なか」に救いを求める。

 授業がつまらないなとか、教室を出てどこかに行きたいなと思うたびに、ノートの最後のページにさかなの落書きをすることにしたのは高校一年生の頃だ。

 本当に、「つまらないな」と口に出して言ったり、どこかに行ったりしてはいけないというこ

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【ショートショート】 太陽スキャナー

【ショートショート】 太陽スキャナー

 寝ぼけたまま、まともに目も開けずに手探りで窓を開ける。
 ぶわりとカーテンが広がって、部屋の中に渦巻いていた灰色の空気が一気にかき回される。

 昨日、五年付き合った人と別れた。

 おしゃれで聡明な人だったけど、いつも難しい顔をしているから、それを和まそうと私はいつも一生懸命だった。

「元気なところが好きだよ」と言われて、素直に嬉しかった。だから私はいつも元気でいた。いつも元気でいたくて、い

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【ショートショート】 地蔵さんの計らい

【ショートショート】 地蔵さんの計らい

 昨夜、俺は結構酒に酔っていた。

 職場の付き合いで行った飲み会で、日頃の仕事の話に始まり、休日の過ごし方へ話題は移行する。
 元々プライベートと仕事は分けたいタイプだし、恋人の有無や家族の話になる頃、俺はすっかり疲れていた。

 早く帰りたいなあ。
 まあ帰ったところで、上司や先輩のようにそこに待つ人がいるわけではないけれども。

 それでも俺にとっては、俺の好きなものだけを集めた、唯一無二の

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【ショートショート】 あの日のクレープ

【ショートショート】 あの日のクレープ

 じわりと夜が滲むような、春の夕暮れで満たされた廊下を、ものも言わずに歩いていく。

 そんなミオの背中を、私も同じく黙ったまま追いかける。決してミオのためではない。私は、たぶん私のために彼女を追いかけている。

 部活の後、ミオは確かに泣いていた。
 ロッカールームに忘れ物をしたことに気がついて戻ったとき、私はそれをみてしまった。

 一年の頃から同じクラスで、同じグループで楽しくやってきたけれ

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【ショートショート】 春吹く窓辺で

【ショートショート】 春吹く窓辺で

「中島ちゃーん。次の数学の課題、終わってたりしない?」

 休み時間になると、青木さんが声をかけてきた。

 終わってたりしない?なんて聞いておきながら、彼女は私が課題を終わらせていることを、ほぼ確信して聞いてきている。多分。

「あ…うん、終わってるよ」
「よかった!ごめんだけど、お願い!見せて!」

 手のひらを合わせて、ごめんのポーズをしながら、大して悪びれた様子もなくそんなことを言う。まあ

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【ショートショート】 チーズピザとお味噌汁

【ショートショート】 チーズピザとお味噌汁

 ガラリと木の引き戸を開け、見慣れた玄関を通って部屋にあがる。
 入ってすぐの畳の部屋にあるお仏壇、懐かしい気持ちになるお線香の香り。

 じゃらりと音の鳴る、木製のビーズでできたカーテンをくぐるとリビングがあって、その向こうにあるソファには、いつだってまあるい背中が見える。

「…こんにちはー」
「あら、初めまして」
「わあどうもー。初めまして」
「お隣さんでしたっけ?」
「あ、そうそう。先日引

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【ショートショート】 時を駆けた元少女

【ショートショート】 時を駆けた元少女

「 ──いや、マジで。本当に私のママうるさくって」
「ウケる。それで門限十七時になったの」
「そう。ヤバすぎるでしょ。そもそも部活終わったら十八時前なのに、十七時門限とかどういうことなの」
「もう時空を超えて帰ってこいってことじゃないの」

 何かあったよね、そういう話。何それ、聞いたことないけど。え、知らない?嘘だあ、待って調べるから。

 駅構内、チェーン展開されているカフェにて。隣の席の女子

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【ショートショート】 青の底

【ショートショート】 青の底

 三月の終わり、ぬるい春の日。

 私は、今か今かと時計を見つめる。
 ジリジリと進む秒針が、私の視線の熱で溶けて出す…なんてつまらない妄想をしながら、時が過ぎるのをじっと待つ。

 しばらくして、待ち焦がれたチャイムが鳴る。教壇で先生が何かを言う。それを聞いたクラスメイトたちがどっと笑う。

 いつもの空気、いつもの教室。

 掃除のために机を動かす音、椅子を引いて立ち上がる音。誰かの笑い声に、

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【ショートショート】 私の生きる世界に

【ショートショート】 私の生きる世界に

 どうして、みんなそんなに「他人」のことに興味があるのだろう。

 これまでにも何度となく思ってきたことを、カフェオレの入ったマグカップを片手にしみじみと思う。

 テレビでは、芸能人の不倫関係がどうとか、政治家の汚職問題がどうとか、朝からずっと垂れ流されている。

 私は、画面の中でやけに熱っぽく語るアナウンサーを、もう冷めてしまったトーストを齧りながらぼんやりと眺める。あ、このストロベリージャ

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【ショートショート】 河辺のふたり

【ショートショート】 河辺のふたり

「ねえ」

 沈黙を破ったのは、やはりミオだった。

「冬のすきなもの、挙げっこしようよ」
「…冬の好きなもの?」

 あまりに唐突で、聞き返してしまう。
「うん。私、石油ストーブが点いたときの匂いが冬っぽくてすきなんだよね」
「ふうん」

 石油ストーブが身近にないから、そんな匂いはしばらく嗅いでないなと、コンクリートの階段に座り、剥げかけた赤いマニキュアを見ながら思う。

「後は…コンビニで買

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