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ショートストーリー

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短い物語をまとめています。
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#ポエム

迷宮入り。

迷宮入り。

嘘しかつけない日に良い事があった。
正直に過ごそうとした日は怒られた。

嘘をついてはいけませんと教えられたけど、正直なことが良いわけではないらしい。ついていい嘘というのもあるらしい。

嘘をついて、笑って見せた。
正直に泣いた。

朝から、元気に挨拶した。
やりたくないことを断った。
みんなの話題に話を合わせた。
知らないところで起きた悲惨なニュースを消して、ゲームの続きをした。
もう会う気のな

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幼い頃から

幼い頃から

 罪悪感を感じたというのが、はじめて恋を知った日の感想だった。
 その日、はじめて床屋に入った。中学に入学するからと父に連れられて入った床屋にあなたがいた。
 決して手が届かないと思った。けれど、それと同時にふれてみたいとも思った。手を伸ばしたいというより手を引かれていく、そういった感覚だったのを覚えている。

 まだ髭の生えていない頬をカミソリで剃る前に、あなたがゆっくりと撫でていった。冷たい手

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故障じゃない、今日は壊れた。

故障じゃない、今日は壊れた。

 心の壊れる音が聞こえたから、エアーマネキンを買った。
 浮き袋みたいに空気を入れたら膨らむ、その人形に文字を書く。
 とりあえずは、手の辺りに初めて繋いだ日付を書く。それから、一言、「あたたかい」と付け加える。
 顔には、何を書こうか。
 瞳の色、ちぐはぐな歯並び、好きになった笑顔、花粉症。思い付くことを手当たり次第に書く。そして、書き終えたら次の場所へと移る。
 背中は広い……。足は毛深い……

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なにがどうなるかなんて、分からない。

なにがどうなるかなんて、分からない。

 写真に撮られるのが大キライなのに、その写真だけ持って出た。
 それは、保育園のときの写真。友達が九人と、その真ん中に園長先生が並んでいる。みんな笑顔だし、私が記憶する限りその笑顔は本物だった。笑顔にニセモノがあるなんてまだ知らなかったときの、わたしが写真をキライになる前の写真だ。
 そんなものを一人暮らしを始めるという日に、御守りみたいに持って家を出る。困ったときに悩みを聞いてくれる、なによりご

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灯台下暗し。

灯台下暗し。

遠くの、ずっと遠くにある光を見つめていた。
その灯台は小さな頃から知っていたし素敵な場所だとみんな言っていたけど僕にとっては特別どうということはなく、「まあ好きな場所だな」くらいに思っていただけ。面白いし、不思議な感じはする。だけど、夜になると普通に気味悪くて、毎日行きたくなるようなところではなかった。

いま僕は、その灯台を船の上から見ている。
その小さい粒のような光が何人の役に立っているのか。

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保存状態のいい、雨の跡地。

保存状態のいい、雨の跡地。

久しぶりに帰ってきた公園のベンチは雨に濡れていた。
今朝降ったばかりなのだろう、。黒く湿ったそこには座れそうにない。
ポケットから煙草を取り出してから、もう自由に吸えないのかと戻した。
随分と神経質になった。
ここに通っていた頃には、道路に飛び出さないことぐらいしか気にしていなかったように思う。
公園の草花は膝下しか隠してはくれず、見上げていたはずの木々も歩くのを邪魔をするようだ。すこし露をつけた

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明日が来るまで遊んで待つ

明日が来るまで遊んで待つ

夜風が何とかしてくれると思って部屋の窓を開けた。

あれこれ考えるのが嫌になって、この窓から外に出るんだ。
逃げるんじゃないんだよ。
すこし遊びに出るだけだから、そんなに心配しないで。
たまにやってることだから大丈夫。また帰ってこれるはずだよ。
イヤフォンを耳に入れる。Bluetoothは便利だ。
お気に入りでも誰かのプレイリストでもいいから、今日の声を探す。
ベースがブンブン震えてピアノがはじけ

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善からぬ噂話

善からぬ噂話

月にカエルが祈っている。
グギュるグギュると上げる鳴き声は、月に届くのだろうか。
その日を信じて夜通し歌うのは、何の歌だろう。
体が壊れるほどに震わせて、願う望みはなんだろう。
もしも綺麗な願いならば、月の光に身をさらせるだろう。
なのにどうして闇に隠れて祈るのか。
雨が降ってきた。
雨音が彼らの声を隠す。
だから、カエルは雨を呼ぶ。
秘密の願いを巧妙に隠すためには一番都合がいいから。

月にカエ

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光って見える

光って見える

この島を出たいのかな、わたし。
こんなに広い海の向こう側を、奥の、奥のほうを見てる。
朝になれば、あそこから光が見えるんだ。波がキラキラきれいに光って、わたしが主人公の一日がはじまる気持ちになる。
だからね、たまにだけど、それにあわせて秘密で歌ってるんだ。

歌手になって、みんなの一番になったら……。
そのなかに、みんなはいてくれるのかな。

なんか、わたし、イヤなやつみたいだな。

この島を出た

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