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”そこに愛はあるのかい?!”
こんにちは♪ ロサンゼルスの協子です😊
タイトルの言葉、私と同じく昭和世代の方なら
懐かしく思っていただけるのではないでしょうか?😆
何かのキャッチフレーズだったような気がしますが
この言葉を作った人すごい!って思うのです。
何をするにも、どんな言葉をかけるにも、
「そこに愛はあるのか?」どうかで
大きな違いがあります。
やらなければいけないようなことでも
イヤイヤやっていると、それは
「できるツール」は誰にでもある
こんにちは♪ ロサンゼルスの協子です😊
日本ではたまに「英語ができてすごい」
というようなことを言われることがあります。
しかし、英語(他言語)はツールのようなもの。
使える言語ツールが日本語以外にもある、というだけなのです。
自転車に乗れる
バイクに乗れる
車を運転できる
楽器を演奏できる
泳げる
などなど。。。
誰もが何かしらの「できるツール」を持っています。
例えそのツールがなくて
時間の使い方は。。。
こんにちは♪ ロサンゼルスの協子です😊
母が言っていた言葉のひとつ
「時間の使い方は、命の使い方」
命というのは、生きて過ごせる時間のこと。
長い人もいれば、短い人もいます。
もしも自分に残された時間を知ったなら
そしてその時間がわずかであったとしたら
やりたくもないことに時間を費やしたりせず
一瞬一瞬を大切にしようと思うでしょう。
与えられた時間がタイムアップとなる時
無駄遣いしちゃ
その立場になって初めて分かる
こんにちは♪ ロサンゼルスの協子です😊
成長して一人暮らしを経験した息子が言いました。
息子「食事さ、毎日なに作ろうって考えるのすら、面倒くさくない?」
私「そうよ! 誰かが決めてくれたら楽だし、
作ってくれたらさらに助かるよねぇ〜」
息子「そうやんなぁ。毎日考えるだけで嫌になるわぁ。。。
Thanks, Mom!」
この最後の一言で、料理嫌いの私も報われました😆
その立場になって
目は口ほどに物を言う
こんにちは♪ ロサンゼルスの協子です😊
「目は口ほどに物を言う」
我が家の犬を見ていると、毎日それを思います🐶
ほとんど吠えたり声を出すことのない我が家の犬は
まさに目でいろんなことを訴えてきます。
お腹すいた!散歩行こう〜!
えぇ〜ボクお留守番なの?!
などなど、表情で全部違うのです(笑)
人は主に言葉でコミュニケーションを取りますが
口ではいくらでも言える、と思うこともあります。
アイデンティティとは心次第
こんにちは♪ ロサンゼルスの協子です😊
自分は何者なのか?
自分のアイデンティティとは?
その答えになるのは
「自分の心がどこに属しているのか」
であるような気がします。
実は、まさかの日本国籍喪失。。。
この度そんな事態になることになり
ことのほか心にダメージをくらっております。
母を看取った時と同じような涙が溢れ出て
自分の中での影響の大きさに驚きでもありました。
アメリカに住んで2
何もない日にありがとう
こんにちは♪ ロサンゼルスの協子です😊
旅行に行って思い切り楽しんで帰ってきたら
「あぁやっぱり我が家が最高〜」と思ったり。
病気や怪我の療養で大変な思いをしていると
「病気も怪我もない状態って最高」って思ったり。
戦時中であれば、空襲警報が鳴らなかった日はそれこそ
「何も起こらなくてありがとう」だったに違いない。
母の介助をしていた頃、特に何もなく過ぎた日は
「今日は穏やかな日だったな
親切で柔和であること
こんにちは♪ ロサンゼルスの協子です😊
母の身の回り品を整理していると
色んな言葉を書き写したメモがあちこちにありました。
目の届くところに置いて、必要な時に見ていたのでしょう。
今日はそのうちの一つをご紹介。
高齢になり私達家族と暮らしていた母は
感情が揺れそうなときはメモを見ながら
自分を律していたのでしょう。
このメモの言葉通り、母はいつも優しく穏やかな人でした。
母が残したメモ達
ご自愛ください、を自分にも向けて
こんにちは♪ ロサンゼルスの協子です😊
日本はすでに相当な暑さになっているようですね。
過ごしにくい気候になると
いろんな場面での挨拶やメールのやり取りで
「ご自愛ください」という言葉を相手に送ることがあります。
これまでは一般的な締めくくり文のようで
それほど意識してこなかったのですが
ご自愛=自分を愛して、なんですよね。
相手の方にそう願うのはとても素敵なこと。
同時に、自分自身にも
今日も目が覚めた、という幸せ
こんにちは♪ ロサンゼルスの協子です😊
母がどんどん弱っていった頃
一日の終わりには
「今日も一日生きてくれてありがとう」と思い
朝目が覚めた時には
「今日も目が覚めてくれて良かった」と思ったものです。
あの頃はまさに「一日、一日」で
明日のことや明後日のことなど
予定もなければ考えたりもしませんでした。
今思うとまさに
「今を生きる」を体現していた日々
だったのかもしれません。
明日が
「ありがとう」は世界共通語
こんにちは♪ ロサンゼルスの協子です😊
80代後半でアメリカに住むことになった私の母。
最初の頃は、食事に行ったり買い物に行くと
店員さんに「サンキュー」と言っていたのですが
ある時から開き直ったのかのように
全て「ありがとう」と日本語で言うようになったのです。
母が英語のできないアジア人だろうということは分かると思うので、
母に直接話しかけてくる場合はほとんどありません。
その母から堂々と
なんとなく、を無視しない
こんにちは♪ ロサンゼルスの協子です☺️
うまく説明はできないけれど
なんとなく好き
なんとなく気になる
なんとなく嫌
ってことありません??
私は神戸に暮らしている時もほぼ車生活だったのですが
自宅への行き帰り、大通りの方が近道ではあるのに、
少し山手の道を通るのが好きでした。
なぜだか説明はできないけれど、
なんとなくその道の方が気分が良かったのです。
この「なんとなく」という感覚、
決