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【雑記集】※いたって個人の感想です。

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雑記・随筆も、書くのが楽しいですね。いや、雑記や随筆こそ、書くのが一番楽しいかもしれません。 そしてこの誰に宛てているわけでもない文章が、漂流して、まったく見知らぬ(かもしれない…
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#人生観

失ってみないと気づけないタイプ

失ってみないと気づけないタイプ

10代の頃の素晴らしさは
20代になってからわかるし、
20代の頃の素晴らしさは
30代になってからわかるし、
30代の頃の素晴らしさは
40代になってからわかるし、
40代の頃の素晴らしさは

って、 遅ーいッ!
いつもいつも遅すぎるんだよッ!!(笑)

――これは「懐かしさ補正」か?

懐かしさのせいで、
本来どーでもよかったことまで
ステキに見えることはままある。
(それも最強

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「信じる」ということ

「信じる」ということ

「こちら側からお開けください」って書いてあるわけだし。

今度の卵パックこそ、 「ミシン目」の側からきれいにプリプリッと開けられるに違いない!
……っていうその期待は、裏切られるためにあるのだわ。
(ミシン目じゃない側からのほうがいつも開けやすい。)
(私が悪いのかしら?笑)

違います!
私は基本的に、人を信じようと決めているから!
だから納豆のタレの袋だって「手で切れます」 というその言葉

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早い話が「今を生きよう」

早い話が「今を生きよう」

「人生は有限」って言い方では実は、「生々しい実感」としては私の手元にはまだ来てない気もするが。

しかし、〇十代前半・後半という具合に分けてこれまでの自分を振り返れば、それぞれの年代でできる事が割と限定されていた事を既に思い知り、且つ、その年代は二度と戻ってこない事実にもまた既に実感として直面してみると、「やっぱ人生は有限なのだなー」、と、急に生々しくなる。

たとえば、四十代後半の人生は、やっぱ

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「形に残るもの」よりよっぽど貴重

「形に残るもの」よりよっぽど貴重

「できるかできないか」 も大事かもしれんが、 「やるかやらないか」のほうが、もっと大事だと思う、 今日このごろの自分。

これまでの自分や今の社会の空気って、
「できるがやらない」 (1×0=)も
「できないがやってみる」 (0×1=)も
結果0ならおんなじ事じゃねーか、という考え方が多勢なような気がするけど。
なんでもかんでも結果重視というか。

しかしだ。

「やってみる」の1は、いつか0を

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「無心」になることで見えるものがありそう

「無心」になることで見えるものがありそう

この世のすべてのものごとに、理由があるわけではないのだ。

ってか、 理由が見当たらないもののほうが、面白い事が多い気がする。

「無心になる。」

それがこの秋のテーマだなー。
※(お金とかを)無心する、ではありません。(笑)

自分の行動に、いちいち全て、理由とか、目的とか、なくたっていいでしょう?
「その説明」って、誰のためにするものなの??

それでも説明を求められるなら、あえて、こう答え

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「異常者」ではなく「病人」

「異常者」ではなく「病人」

昨日の記事の書き足しとして。

「いじめ」や「パワハラ」など、人をいたぶるのがやめられないとか。(多分そこにある種の「快感」を感じているんだろうな。)
あるいは、人から盗むに値するようなことをしてでも「私腹を肥やす」ことに執着している人とか。(お金の富にしか、価値を見出せないのだろうな。)

「そういう奴らって、所詮、異常者だからさあ。」
と、断罪論調で、以前、言い放つように書き出してみて、でも違

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「試されている」と思えば腑に落ちるとも言える

「試されている」と思えば腑に落ちるとも言える

ある程度の年月を生きながらえていて、「何もない」人は、ほぼいないのかもなあ。
と、人の「試練」について考える。

環境の変化然り、人間関係然り、自身の健康然り、である。

「試練」については、文字通り、「試されている」のだと、私は思うことにしている。

これは、その「試練」の「せい」にはできないよ、ということでもある。
――自分自身の、その「人間性」とか「心の聖域」とか、それでも守りたい、崩された

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「期待」が「自由」を殺すこともある

「期待」が「自由」を殺すこともある

本当に本当の意味で
自由になりたければ、
人様や世間様に
「自分本位の」期待をしない事だ。

(――いや、
「これは本来修正されるべきことだ」
というようなことは、そもそも、
少なくとも今回の記事で言う「期待」とは
ちょっと違うものなので、
それは外して考えるとして、)
「そのままでもいい」とか
「それで仕方ないか」とか
思えることにまで、
「いや、そこをなんとかお願い!」とは
期待しないよう

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「脱線可能」なこの線路(笑)

「脱線可能」なこの線路(笑)

これまでに「願った通りの道」を進んでいたならもちろん、 ――いや、「無難かな?」程度だとしても。
そういった道がもし開けていて、自分がそこを進んでいたなら、(自分の性格からするとだけど)そこからあえて大きく逸脱してみるような事はできなかっただろうなー。

今頃になって、「脱線しても支障がない」この線路を進んでいてよかったんじゃない?なんて思い始めている。
(あくまで 「自分の場合は」です。
……他

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「世捨て人物語」(笑)

「世捨て人物語」(笑)

「自分の人生」っちゅう物語の
その主人公くらい、
自分でいいじゃないですか。

何ならこの世の全ての人が、
必ず人生の物語の
主人公でありますように、と
私は願っています。

清濁併せ呑めるほど
私は大きな人ではない。

……けれど、
それでもこの世は、
このままポイッと
「もう全部が厭ッ」っつって
自ら棄ててしまうには、
まだまだ惜しいところも
たくさんあるもの。

本当に
「捨てたもんじゃない

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自分が心から楽しめることは案外限られている

自分が心から楽しめることは案外限られている

「理屈じゃない」というのは
重要なキーワードである。

「自分が心から楽しめること」
について、
「何故?」と訊かれても、
困るのである。

いずれにしたって、
その「自己分析結果」の中に、
答えの全ては、多分、
含まれてはいない気がするのだ。

人と人にも「縁」があるように、
人と物事にも「縁」は
確実にある気がする。

「理屈じゃない」
「説明できない」
けれど、
「心がやけに惹かれる」。

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人生の「目的」は人それぞれだから

人生の「目的」は人それぞれだから

人生の目的。

至極、端的に言って。
たとえば、「自分が持っている欲を満たそうとする」ということになるのか?
(ねえ、言い方!笑)
(いや、でも、すご~く大雑把に、「わかりやす~く」言うと、そういうことになりません?)

「金銭欲」「物欲」
「名声欲」「自己顕示欲」
「性欲」「食欲」
……等々。
(もちろんまだまだいろいろある。)
(「欲」って本当に人によって多種多様、千差万別だと思うから、とても

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限られた時間とエネルギーだから望むところに使いたいだけ

限られた時間とエネルギーだから望むところに使いたいだけ

昨日の記事のこの記述について。

これに、ちょっとだけ書き足すと。

「信じてついていける誰か」に、ひたすらついていけたなら、それはどんなにか幸せなことだろう、と、私は感じてもいるのである。

あるいは。
私も五十代目前であるので、「あとはこの人たち(それは漠然とした対象ではなく特定の人や集団)のために、残りの自分のエネルギーや時間を費やしていけたら本望」という生き方も、ある種、至上の幸せだとも思

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人生の「主人公」を描く手腕を試されている

人生の「主人公」を描く手腕を試されている

この、さだまさしさんの曲の歌詞の中では、それをきっと「肯定的なこと」として、書いているわけです。

世の中全体の中では「脇役」でも、各々の人生という各々の物語の中では、自分が主人公として生きていっていいのだよ、ということですよね、きっと。

――うーん。
でもねえ。

もし、誰かが書いたシナリオの中の「脇役」として生きるのでも、それが「素敵なシナリオ」ならば、そっちのほうがいいかも?
(たぶん、そ

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