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短編小説

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結びの言葉

こちらの企画で初めてマイクロノベルというものを書いてみました。
140文字。
想像以上に短くて驚きました。
あと10文字、いや5文字あれば……なんて、ずっと唸っていました。

下記の記事に載っておりますので、もし読んでいただければ幸いです。
Twitterからの応募なので、匿名和菓子(こしあん)という名前です。

前厄

前厄

年が明けた。
とは言っても、人間が設定した暦というものが一つ更新されたというだけに過ぎない。
今日という日は昨日から連続しているのだし、ただカレンダーを新しくするだけの日に有り難みを感じるのはなんだか変な感じがする。
元旦に一人でぶつぶつと呟きながら、お雑煮用の蒲鉾を切る。

それにしても静か過ぎるので少し不思議に思っていると、右手で握る包丁がまるで生きているかのように動き、根元の部分が右掌に突き

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タイムスリッパーと呼んでくれ

タイムスリッパーと呼んでくれ

「照査をするから、図面を印刷しておいてくれ」
「はい、わかりました」

慣れない設計の仕事に携わって、早数ヶ月。
最初の頃は一歩進むごとに三歩戻っていたのが、最近は簡単なものであれば一人で完結させることが出来るようになってきた。
「お願いします」
上司に印刷した図面を手渡す。
自分でも何度も見直したし、構造が複雑なわけでもない。
今回は差し戻されない自信があった。

「んー……」
緊張しながら返事

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良い子、良い大人

良い子、良い大人

「ですから、このままですと数年で組織が崩壊してしまいます!」
少子高齢化が進行した結果、子供とサンタの人数は徐々に近づき、やがてサンタの人数が子供の人数を追い抜こうという所まで来ていた。
『リストラ』『希望退職』
物騒な言葉が頭を過る。サンタがリストラされるなんて、そんな夢のない話があるか。それだけはなんとしてでも避けたい。管理職の自分は、いよいよ結論を先延ばしに出来ない所に来て焦っていた。
「う

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クリスマスのリクルーター

クリスマスのリクルーター

 家に帰るため、職場の最寄り駅に向かって凍えそうになりながら歩いていた。
「はぁ……。転職、したいなぁ」
世間はクリスマスで浮かれているというのに、俺はトラブル対応続きで毎日残業だ。通っていたジムも、会費だけを支払って店で通わなくなってしまった。
「もう死んでしまおうか」
鬱々とした気持ちで顔がうつむきがちになっていたせいか、目の前の老人に気づくのが遅れ、ぶつかってしまった。
「わっ!すいません」

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母が魔女だった時

母が魔女だった時

 4歳ぐらいのある日、眠れずに部屋を出るとぼんやりとした灯りのみがぼうっと影を作る暗い部屋に母が一人佇んでいた。灯りをよくよく見ると、とても小さな炎だった。
「……」
母は無言だった。薬草のような香りが匂いが立ち込めていた。やがて炎が消えると、その炎を支えていた器を口に運んだ。
「魔女の嗜みってやつよ」
保育園で読んだ絵本の中の魔女を鮮明に思い出した。全身を覆う黒い服を着て、派手な装飾品を身につけ

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言葉の足りない料理店 ┃#完成された物語

言葉の足りない料理店 ┃#完成された物語

仕事終わりに小料理屋に行くことになった。
「腹を割って話そう」と誘ってきた上司は客先への緊急対応のため、俺一人で先に向かう。
曰く、大将は堅気で目利きは一流らしい。

店に入ってカウンター席に腰を下ろす。
いくつか個室もあり、中の様子は伺えないが先客がいるようだ。

女将が静々とそのうちの一つに入った。
「坊主殺しです」
場にそぐわない物騒な言葉に思わず聞き耳を立てる。
「良い鉄砲が入っていますが

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君にしか見えない ┃#完成された物語

君にしか見えない ┃#完成された物語

君が遠くへ行ってしまってからもう1年も経つんだね。
あの子は相変わらずちょっと素っ気ないけど、健やかに成長しているよ。
いつもは学校に置き勉して身軽な状態で帰ってくるのに、今日は大きな荷物を抱えていてね。
それが何かを聞いても目をそらして、「お父さんには関係ない」なんて言うんだよ。
1年前のあの日もそんな感じだったっけ。
君が「朝ご飯食べなきゃ力でないわよ」って声をかけたら、「お母さんには関係ない

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11月の終わりの空気

11月の終わりの空気

マフラーと手袋がいよいよ手放せなくなってきた。
息を吸うと冷たい空気が肺を満たし、気が引き締まる思いがする。
それが何とも心地よく、いつもは憂鬱な通勤列車を待つ時間が楽しく感じられる。

「いうてる間に冬になってもうたなぁ」
「やっと秋らしくなってきたさぁ」

背後に立つ女性と私の言葉はほとんど同時だった。お互い思わず振り返って「えっ」と顔を見合わせた。
「それ、どういう意味?」と聞く間もなく電車

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昆虫たちのチキンレース ┃#完成された物語

「一文字でヒトを程々に怒らせたやつが勝ちだ」

ページを捲ると所々虫食いがあった。
古い本の宿命なのかもしれない。
でも、私だって伊達に文学少女をしていない。

『二郎、人を○弄するにも程があるぞ』
弄の字だけでも意味が通るな
「熟語を歯抜けにすれば困ると思ったのに」

『三郎の胸元で○翠のペンダントが揺れた』
この字、翡翠くらいでしか見ないわね
「複雑な字でも駄目か」

『ホテルのロビ○に一郎が

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おじいちゃん部|#完成された物語

最近、公民館の予約表に『おじいちゃん部』がよく登場する。

「何かしら、おじいちゃん部って。老人会の男性版?」

「キャッチコピーはアンチアンチエイジングだって」
ポスターを見て私は母に答えた。

遠い耳は補聴器、曲がる腰は矯正下着、深い皺は美容整形。

この半世紀で進歩した医療や科学の技術のおかげで、老人も若者と何ら変わらない見た目と暮らしぶりをしている。

対して、この部はあるべき姿のまま自然

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しゃべるピアノ|#完成された物語

しゃべるピアノ|#完成された物語

その男は毎日のように路上でピアノ演奏のパフォーマンスをしていた。

彼の演奏はそれは素晴らしく、観客たちから毎回のように多くの投げ銭による収入を得ていた。

しかし、ある日のこと急に演奏が止まってしまった。

演奏中しているのは間違いなく自分だ。
にもかかわらず自分以外の存在を日毎に強く感じるようになり、その違和感に耐えられなくなってしまったのだ。

少しの静寂の後、指が勝手に調和も何も無い旋律を

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法事の後

法事の後

 長年、仕事終わりに冷えたビールを飲むのが生き甲斐のようなものだった。
 グラスを掴もうとした手が空を切る。客は皆帰り、目の前に今や誰のものでもないビールや寿司が並んでいるのに、俺はただただそれを眺めることしかできない。仏前の小さな茶碗には少量の米が盛られ、そしてこれまた小さな湯呑みには水が入っている。俺が口をつけることができるのはこれだけだ。酒と寿司を供える文化だったら良かったのにとため息をつく

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1アンペアでも人は死ぬ

1アンペアでも人は死ぬ

 さまざまな形のスマートデバイスが普及して久しい。このスマートウォッチは、心拍計と睡眠モニタリング機能も搭載されたタイプだ。取得して蓄積されたデータは解析され、リアルタイムに状況分析が行われフィードバックされる機能を備えている。ある意味、自分よりも自分について詳しい存在と言えるのかもしれない。
 また、健康管理機能もあり毎日決まった時間に起床するよう設定したアラームはもちろん、睡眠時の寝汗を検知し

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