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クリスマスのリクルーター

 家に帰るため、職場の最寄り駅に向かって凍えそうになりながら歩いていた。
「はぁ……。転職、したいなぁ」
世間はクリスマスで浮かれているというのに、俺はトラブル対応続きで毎日残業だ。通っていたジムも、会費だけを支払って店で通わなくなってしまった。
「もう死んでしまおうか」
鬱々とした気持ちで顔がうつむきがちになっていたせいか、目の前の老人に気づくのが遅れ、ぶつかってしまった。
「わっ!すいません」
大丈夫ですかという言葉を続けようとした時、弾き飛ばされているのが自分だと気付いた。どすん。
「おやおや、大丈夫かい」
尻餅をついた俺に、老人が手を差し伸べる。
「ありがとうございます」
立ち上がって老人の姿を改めて見ると、年の割に姿勢が良い。筋肉質な印象は無いが、そこそこガタイの良い俺を弾き飛ばすくらいだから着痩せするタイプなのだろうか。目はすべてを見通すように黒く、長い髭を蓄えている。この髭、覚えがあるような気がする。もしかして同じジムに通っている人だろうか。いや、最近通っていないと言えどもここまで印象的なら覚えているはずだ。どこで会ったんだろう……。
「どうかしたかね」
「いえ、どこかでお会いしたことがあったかなぁと。気のせいかもしれませんが。ははは……」
「そんなことはない」
老人が食い気味に言う。しかし、一瞬だがその否定とは反対に目が泳いだのを俺は見逃さなかった。
「いや、やっぱり会ったことがあるはずです。その目に覚えがあります。記憶がおぼろげなので最近じゃなくて、昔のことかもしれませんが」
老人がその鋭い目で俺を見定めるかのように見つめる。
「君はこれからこの聖なる日をこれからずっと日陰で生きていく覚悟はあるか」
何なんだ。親近感を感じ始めていたのに頭のヤバいジジイだったか。
「俺には聖なる日なんて一生縁がなさそうですよ」
面倒な宗教の勧誘だったら逃げればいいと思い、俺は適当に答えた。
「さっき、転職したいと呟いていたのは本気か?」
「はい。あんな会社、逃げられるなら今すぐにでも逃げたいですよ」
「本当に、逃げてみるか?」
老人の射抜くような眼差しに、俺はつい頷いてしまった。
「私はこれから仕事がある。もし本当にそう思っているのであれば明日ここに来なさい」
渡された小さな紙には知らない住所が書いてあった。
「ここは物流をやっている。繁忙期は大変だが、それ以外はなかなかホワイトな職場だぞ。やりがいもある。それと、命は大事にな」

 クリスマス明けの朝。昨日まではあんなにクリスマスの熱気に浮かれていた街が急にお正月ムードになっているのだから、日本人は本当に節操がないなと思う。会社は無断欠勤した。プレゼントに喜ぶ子供のはしゃぎ声を度々耳にしながら、スマートホンの地図アプリのナビゲーションが俺を導く。
「ここか」
高さはないが巨大な建物が、周りのビルに隠れるように建っている。物流のハブか何かだろうか。

「今から面接を行います」
午前中はこの辺りの地理についての質問を受けたり、仕分け作業や車の運転技術の実技試験を行ったりした。察するに、配達がメインのようだ。これくらいなら俺にも出来る。ちなみに、無線通信の知識があるのは加点になるらしい。
「お疲れ様でした。午後からの試験は体力試験になります」
ホワイトな職場ではないのではないかという疑念が過る。
それから数十キロはありそうな重りを背負ったまま走ったり、ロッククライミングをしたり。とにかくあの死のうとまで思った会社に戻りたくないという一心で身体を動かしていた。老人と会ったことがあるかなんてどうでも良くなっていた。

もう立っていられないくらいヘトヘトになった頃、
「君はこれから聖なる日をこれからずっと日陰で生きていく覚悟はあるか」
と問われた。昨日も同じことを聞かれたなぁと思いながら、頷いた。
「おめでとう。君は合格だ」
と告げられた。すると、どこにいたのか筋骨隆々な壮年の男達がわらわらと出てきた。
「誰だってはじめは見習いだけど、頑張れよ」
「久しぶりの若者だ。新しい風が吹くってもんだ」
「自衛隊出身じゃないなんて珍しい!よくあの試験を乗り越えたな!」
戸惑う俺に反して、皆やけにフレンドリーだ。
「詳しい業務内容は追って教えるとして」

「サンタクロース日本支部へようこそ」

「あれは私の初仕事だった」
思い出した。やはり俺はこの老人と会っている。正確には目を合わせている。
 サンタを見つけてやるぞと意気込み、家中に罠を仕掛けて狸寝入りをしていた幼い頃のある日。気配を感じて目を開けると知らない男の顔がすぐ目の前にあった。恐怖のあまり俺がぎゃっと声を上げると、男は怯むことなく窓から飛び降りて姿を消した。

「もしかして、あの時の」
「プレゼントを渡せなくて本当にすまなかった。長い時間が経っているというのに、君とぶつかった時にひと目であの時の子だとわかったんだ。」

「一日遅れだけど、メリークリスマス」
当時の俺が欲しがっていたキーホルダーが手の中で輝いていた。
「ずっと渡したかったけど、あの後君の担当にならなくてね。昨日渡そうかと思ったのだけど、それは自分がサンタであることを明かすことになる。本当によく試験を乗り切ってくれたよ。たまたま転職したがっていたとはいえ、あの紙を渡したのは結局これを君に渡したかった私のワガママなんだから」

 言われていたとおり、繁忙期は本当に大変だ。あと、当時の俺のようにサンタを本気で見つけてやろうという子供がなかなかに侮れない。最近はマンションも高層化してきて、見つかって窓から飛び降りるのも無理があるなぁとヒヤヒヤしている。でも、確かにやりがいはあると思う。キーホルダーはお守りのように首から下げている。

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筆が乗るままに。

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