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自作ショートストーリー

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リンメル治療院 その2 〜ハルちゃん〜

「ピンポーン」

ドアベルが鳴った。

「はいはーい」

尚美はぱたぱたとインターフォンに走る。

ウチの猫が治療院を開いてからというもの、やたらと来客が増えた。

モニターには、まだうら若い女子が映っていた。

「はい、どちらさまでしょう」

「あの、リンメル治療院さんはこちらですか」

「ええ、どうぞ。お入りください」

インターフォンを切ってから、はーーーーーとため息を一つ。……いかんいかん

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リンメル治療院

朝起きたら、

自宅に治療院が開設されていた。

「…?????
 なんだこりゃ???」

来客用の部屋のドアに、ダンボールの看板が取り付けてあり、たどたどしい文字でこう書いてあった。

「リンメル治療院」

寝ぼけた頭をポリポリと書いて、僕は思った。
たぶん、寝ぼけてるのだ。
これはきっと、夢だ。
たぶん、そうだ。

「いらっしゃませニャー。」

突如足元から聞こえて来た声が、そんな淡い期待をぶ

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ショートストーリー:にぃちゃん

クラスに1人、誰とも話さない女の子がいるの。

グループワークみたいなので一緒のグループに入ることがあっても、話す言葉は「フツー」「知らない」「興味ない」くらい。だからクラスの男子からは「あいつ日本語話せねぇんじゃねぇの」とか言われているの。なんか、かわいそう。

その子は窓際の前から3番目の席で、あたしはその後ろの席なのだけれど、その子はいつも窓の外をぼーっと眺めているみたい。

6月も終わろう

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ヒマワリの理由(わけ)

ヒマワリの理由(わけ)



7月の半ば、まだヒマワリが咲き始めた頃
とある中学校の校庭の、鉄棒付近の花壇に
誰が植えたのか、人の背丈ほどもある大振りのヒマワリが一輪だけ咲いていた。

咲いていた、と言うには少々語弊があるだろうか。何しろ、ようやくヒマワリが咲き始める時期だというのに、それは深々とこうべを垂れていたのだった。

お昼休みに、仲の良さそうな男子3人と女子2人がそのヒマワリを遠巻きに見ながら話し合っている。「ヒ

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ミルクティー(アールグレイ)

ミルクティー(アールグレイ)

「え?まだ届いてない!?」

電話口で麻子が声を荒らげる。いつもはもっと穏やかな性格の持ち主なのだが、納期が迫っていて焦っているのだ。

「困ります!今日までに来てないと間に合わないのに…」

ぎゅっと唇を噛みしめる。28歳の時にOLをやめて念願のネットショップを開店し、アクセサリーやアロマグッズを中心に徐々に若い女性からの人気を集めつつ、3年経ってようやく経営が軌道に乗ってきたところだった。

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カモミールティー

カモミールティー

「ばあちゃん、どうして毎朝毎朝、これ飲まなくちゃいけないんだよ。」

五分刈り頭の少年がブツブツと文句を言っている。

「ばーちゃんが朝に作るのは決まってこれだけどさ……悪いけどおれ美味しいと思ったこと一度もないんだよ。」

年は小学3年生くらいだろうか。背丈は同年代と比べるとやや低めだが、口達者で実年齢よりもませている印象がある。

「……草太は好かぬかのぉ。」

とぽとぽ、

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立ち止まる(ショートストーリー)

凪は浜辺を歩いていた。

朝の冷たい潮風がジョギングで火照った頰に気持ちいい。

足を止め、う〜〜〜〜〜〜ん、とめいっぱいの伸びをして、太陽に向き直る。

これからまた、新しい1日が始まるのだ。

ワンワン、とゴールデンレトリバーのジュリーがかけてくる。

どうやら父が鎖を外してやったらしい、凪を追って追いついて来た。

「ジュリー、おはよう。」

凪の頰をペロペロと舐めながら、尻尾をぶわんぶわん

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止マレナイ(ショートストーリー)

冬吾は走っていた。

なぜ走っているのかもわからないまま、走り続けていた。

誰かが追ってくるわけでもなく、どこかへ行こうとしているのでもないのに

彼は走り続けていた。

(……そういえば、いつから走ってるんだっけ……?)

汗がしたたり落ちる頭で呼吸の合間に考える。
そういえば、ずいぶん長いこと走り続けているような気もする。

(……立ち止まって、いいんだっけか)

誰かの許可が必要なのだろう

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チャイティー

チャイティー

「だーかーらー、ちょっと黙ってろって。」

エプロン姿がしっくり来ていないタカシの、いかにも迷惑そうな声がキッチンいっぱいに響く。

「だってだってぇ、ネットにそう書いてあったんだもん。チャイにはシナモン、ジンジャー、ブラックペッパー、クローブ、ハッカクって。」

負けじと声を張り上げるのは今年ようやく18歳になるアカリだ。Tシャツに短パン、ポニーテールのいでたちで、細身の体つきをして

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ーあたしの夏ー (短編小説)

ーあたしの夏がきたー

チリーン…チリチリーンン…

「あら、もう風鈴出したの?」
「おかーさん、夏だよ!」
「は?」
「麦茶がおいしいの!あたしの夏が今年もきたんだよ!」
「夏って…まだ5月じゃないの。」
「あたしの夏が、きたんだってば。」

ミツキ(光希)は帽子をひっつかむとサンダルをつっかけて玄関から飛び出した。
「ちょっと、どこ行くの?」
「ヒデキん家!」
玄関のはるか向こうから返事が返る

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別れの瞬間(とき)

「もう、行かなきゃならないんだ。」

彼女から伝わってくる気配が変わった。予想はしていたけれど・・・。

「ごめんね。」

もう、謝るしかなかった。

「いや。一緒にいる。」

きっぱりと言い切る彼女。
怒りにも似た強い意志を秘めた目の彼女を、僕は初めて見た。

(困ったな・・・)僕の手をしっかり握ったまま離してくれない。

先ほど再会し、僕を見つけるなり満面の笑みで僕に飛び込んできてくれたばかり

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金木犀の香るころ(ショートストーリー2本)

(2本立てのショートストーリーです。名前が変わるほどせっぱ詰まりすぎて思わず書き上げました。にゃーーー。AM1:06。)

ー金木犀の香るころー

「加藤が配属されてもう3年になったな。」上司の西村係長が穏やかな笑顔で感慨深げに微笑む。昼下がりの会議室に暖かな日差しがさんさんと差し込んでいた。

「やっと3年ですか・・・ここまで来れたのは西村さんのお陰ですよ。」加藤と呼ばれた若者はまだ25、6だろ

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【短編小説】ドーナッツ

「あーあ、雨の日はつまんないなあ」

梅雨の最中、けんじが退屈そうに畳の上をゴロゴロと転がっている。それはそれで楽しそうに見えるのだが。

「けんじ、あんたまたそうやってゴロゴロして。」
母きよみのお叱りが飛ぶ。
「そんなこと言ったって母ちゃん、つまんないものはつまんないんだもん。」
ぱたんぱたん、と半回転を繰り返すけんじ。まるで畳に蝶番がついたドアだ。
「くーーー、情けないねぇ。あたしが若い頃は

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