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短編小説

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#オリジナル短編小説

小説:メダリストの同級生

小説:メダリストの同級生

 俺は好きでこの仕事をやっているわけではない。それに給料も安い。それなのに仕事量は多い。別にこの仕事をやったからと言って誰かの人生を変えるわけではないし、誰かが感動するわけではない。だからほどほどにやればいいじゃないか。なのにどうして上司は毎日残業をするのか。なぜ有休をとらないのか。なぜ文句を言わないのか。なぜ会社の経費を少しでも減らそうと努力するのだろうか。

 どうしてもわからなくて、それでと

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小説:サークルの姫

 世の中には多くのサークルが存在する。

 定番なのは運動系のサークルだろう。高校の部活とは違い、勝ち負けよりも仲間とともに汗を流すことを楽しみとし、その友情を深める。まさに薔薇色だ。

 高校の部活とは違うと言えば、文科系のサークルもまた、魅力的だ。文科系と言えば競技性が低いことから高校の時はあまり日の目を浴びないが、自由度や楽しみが優先されるサークルでは、天体観測やよさこいなどの文科系のサーク

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小説:天体観測

小説:天体観測

 実家の最寄り駅から300メートル離れたフミキリを電車が通るたび帰ってきたなと実感するのだ。それと同時にキミも変えてくることはあるのだろうかと毎年考えずにはいられない。電車を降りると、青い空には大きな入道雲が我が物顔で居座っていた。

 家に着くと、奥の部屋から父の声が聞こえる。

「大学のほうはどうだ?」

 一緒に大勢の笑い声も聞こえてきた。おそらく父はテレビを見ている。

「まぁ、ぼちぼちか

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小説:シンデレラボーイ

小説:シンデレラボーイ

 「かわいそう」の指標はエンゲル係数の高さで定めるべきである。それ以外の評価軸を持つ者はすべて偽善者であり、裁かれなければならない存在である。それなのに、人々はその事実から目を背け、猫だの犬だのの、ダニを運び、生態系を破壊する畜生をかわいそうだのなんだのと保護をする。それは正義ではなく、ただのマスターベーションなのである。考える余裕と配るお金があるのに、思考を放棄し欲望のまま自己顕示欲を得る悪行な

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電車に揺られて本を読む

電車に揺られて本を読む

 電車の中でスマートフォンを触るなんて私にはとてももったいなくてもうできないのです。ですがお気持ちはわかります。かつては私もそうだったのですから。

 朝、電車を乗る時というのは十中八九行きたくない場所に運ばれている時です。しかも、これが眠たい。本来その時間、人間というものは家から出ていたくはありません。いえ、布団からさえも出ていたくないのです。そうでなければ私は、スマートフォンのやかましく心臓を

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小説:毒を吐く女上司

小説:毒を吐く女上司

 このクソアマいつかぶち殺してやるからな。俺は今日も心の中で叫ぶ。申し訳なさそうな顔を作りながら。しかし、そんな顔をしても意味はない。目の前の女は俺の仕事のみならず人格の否定までも行うのだ。

 沢辻彩音。31歳で1歳になったばかりの息子がいる。産休を取り始めたときは天に上るほどうれしい思いだった。ようやくヒステリックな罵詈雑言を聞かずに済む。うれしさのあまり、仕事の効率もはかどったものだ。

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小説:孤高なる酒乱学生事変

小説:孤高なる酒乱学生事変

「先輩、今日サークルの飲み会あるんですけど来ないんですか」
「悪いが俺はパスだ」

 後輩からのラインにそっけなく答える。しかし、なぜ大学生は集団で酒を飲みたがるのだろう。

 俺は群れるのが好きじゃない。人は群れの中の秩序を何よりも大事にする。聞こえはいいかもしれないが、その中身は極めて人情にかけてグロテスクなのである。全体の利益のためなら人の大事な時間を奪うことに躊躇をしない。それが秩序を守る

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短編小説:ヒッチハイカー

短編小説:ヒッチハイカー

「その、バックパックは後ろにおいていいよ。それでそこまで行くんだっけ」
「えっと、江ノ島に行きたいです。」
「あーじゃあ、海老名あたりでおろすことになっちゃいそうだけど大丈夫?」

 ヒッチハイクの青年が「大丈夫です」と答えるとともに、車が揺れた。バックパックを座席に放り込んだからだろう。その後、青年が助手席に座り、ドアを閉めたことを確認すると、エンジンを着けて、メーターに表示された距離をしわくち

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短編小説:沢中サッカー部、サッカー人生最後の試合

短編小説:沢中サッカー部、サッカー人生最後の試合

 いつからだろう。近所の公園で自主練習をしなくなったのは。いつからだろう。高校は違う部活をやろうって思い始めたのは。ペットボトルに入った暖かい水をかぶってそんなことを思う。後半15分に取られる熱中症対策の給水時間。もうあと15分で俺の中学時代の部活はいったん終わる。だからこうして沢中での部活を総括し始めてしまったのだろうか。

「時間ないけど、いまのおれたちならまだいける。ここから点取ってこ」

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小説:素晴らしい景色の山小屋

小説:素晴らしい景色の山小屋

4年前に勤めた山小屋の玄関を開けると、懐かしい声がした。

「あれ、高崎君山やっとったっけ? おかしいなぁ、確かやっとらへんかった気がするんやけど。俺も歳かねぇ」

 受付の沢村さんは目を丸くして言った。俺は「高崎です、覚えていますか」と切り出そうと思ったが、いらぬ心配だったようだ。

「いえ、やってませんよ。ただ懐かしくなって」
「この山荘に愛着持っててくれたんやなぁ。ありがたいわ。そうや、今日

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小説:好奇心レーダー

小説:好奇心レーダー

 ビルから出ると、目の前に一気に色彩が広がりました。最初に断っておきますが、絶景というわけではありません。むしろ毎日この景色は見て半分飽き飽きしています。この会社に通っているわけですから。しかし、気分が変われば見飽きた景色にも新しい発見があるものです。赤く染まった空と雲をバックに立つビル群はこんなにも美しかったなんて気が付きませんでした。久しぶりに好奇心レーダーが反応したのは、明日は有給休暇だから

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わかめ散髪店レビュー風小説 ★★★★★

わかめ散髪店レビュー風小説 ★★★★★

  店に入った瞬間私は感動に包まれた。ジャンプの漫画が本棚にずらっと並んでいたからだ。そして期待した。ここなら鳥の巣のような私の頭を気持ちよく刈り取ってくれるに違いない。そう、モーゼが海を割ったように、気持ちよくすっぱりと。

 ジャンプ漫画が置いてある床屋は気持ちよくバリカンで頭を剃ってくれる。これは私の経験から導き出された真理である。もちろん因果関係はある。今一度ジャンプがどのような漫画であ

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夏は受験の天王山

夏は受験の天王山

「おい、ケン! 今日駄菓子屋行くぞ! リョウとハヤトも誘っといてくれ」

 俺はそうラインをうち、階段を駆け下りる。

「じゃあ、塾行ってきます!」

 靴を履きながら台所にいる母に向かって叫ぶと、「ちゃんと勉強してこやーよ!」と帰ってきた。俺は元気よく返事をする。しかし、カバンの中に勉強道具は入っていない。あるのはカードゲームのデッキだけだ。

 セミの合唱を聞きながら20分間自転車で走ったとこ

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日曜日の夕焼け

日曜日の夕焼け

 布団の上は暖かく穏やかで気持ちがよかった。よく寝た。しかし、この虚無感は何だろう。時刻はもう15時過ぎである。日曜日も何もなく終わろうとしている。

 就業中はいつも眠い。特に昼頃になると耐え切れぬほど強力な睡魔が襲ってくる。何とかあくびをかみしめ仕事を行うのだ。その時にいつも思う。ああ、昼寝をしたい。こんな容器の中穏やかにゆっくり昼寝ができたらどれだけ幸せだろう。しかし、いざやってみるとこれで

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