見出し画像

小説:孤高なる酒乱学生事変

「先輩、今日サークルの飲み会あるんですけど来ないんですか」
「悪いが俺はパスだ」

 後輩からのラインにそっけなく答える。しかし、なぜ大学生は集団で酒を飲みたがるのだろう。

 俺は群れるのが好きじゃない。人は群れの中の秩序を何よりも大事にする。聞こえはいいかもしれないが、その中身は極めて人情にかけてグロテスクなのである。全体の利益のためなら人の大事な時間を奪うことに躊躇をしない。それが秩序を守るため必要なことなのである。そのようにして、俺は何度も飲み会で時間と健康を奪われてきた。

 しかも、そのみんなの意見というのは実はみんなの意見ではないのだ。その手段のトップがの意向がみんなの意見となる。したがって、トップがカラスは白いと言えばカラスは白く、あいつをいじめようと言ったら躊躇なく人をいじめるのだ。集団の意見を決めることができる強者に限ってそういうことを平気でやる。俺はそれが許せない。だから、俺は染まらない。その反抗の意思として一人で過ごすのである。

 一人で過ごすのに後輩とかかわるのはいいのかって? それは問題ない。彼女は聡明である。人との距離感を知っており、何よりも自由を愛するその姿は、まさに大学生にふさわしい。大学生とは私や彼女のように自らの哲学や興味を持ちそれを探求するのが正しい姿である。

 それなのになんだ。サークルだの、飲み会だのと、就活でさえそのようなことを勉強よりも先に聞いてくる。まったくおかしなことだ。

「君も、そんな面白くない買いなんかに参加せず、自らの使命を果たすため勉学に励むのがいいと思うぞ」

 悪いが俺はパスだけではあまりにも味気ないので追加でそう返した。彼女もこれで、俗で品性のかけらもない集まりを回避するだろうと考えたが、答えは異なった。

「えー、じゃあ先輩がもっと面白そうなこと見つけて誘ってくださいよ。そしたらそっちに行きますね」

 一筋縄ではいかないところが彼女の良さである。それに実にユーモラス。彼女の興味を引くものを瞬間的に当てて見せよう。

「梅の季節だろう。学校に生えた梅を拝借して一緒につけるのはどうだろうか。梅干し、梅酒、シロップなんでもござれだ」

 しばらくして、後輩から返事が返ってきた。
「いいですね。やりましょう。じゃあ、11号館で」


 授業が終わると俺は大学のスーパーに走った。梅をつける準備をするためである。気晴らしとは言えど遊びは遊び。こういうのは本気でやるのが面白いのである。念乳な準備は大人の遊びをより楽しく行うためには重要なことだ。

 瓶と各位砂糖を確保した俺はホワイトリッカーを買いに行こうと酒コーナーに入ろうとしたが、とっさに入るのをやめた。サークルの連中がたむろしていたからだ。ここで酒を飲むということは、飲み会は学校でやるということだろうか。それで梅の回収を邪魔されたらたまらん。俺は、情報収集のために聞き耳を立てる。

「チューハイはこんなもんんでいいだろ」
「そうだな。後は、野郎用の酒だな。どう、20%だけどこれ」
「はぁ? 低い低い。これだろ。35%のウイスキー。これしかねぇだろ」
「そうすっか」
「それでさ、誰がくんの?」
「シチだろ、ケンに沢村、ショウ、ササポンに……」
「野郎なんてどうでもいいだろ。女だよ女」
「ああ、女子ね。石井さんと、清水さんと今村さんと後、安河内さんだよ」

 女子のメンツを聞き、耳を疑った。安河内? 先ほどラインをしたじゃないか。それなのにどうしてサークルの野郎たちと飲むことになっているんだ。


 ビニール袋を持ち、俺は指定の時間に11号館に行く。周りには誰もいない。先ほどのサークルのやつらの会話は気になるが、彼女はそれでも来てくれるだろう。彼女は賢い。約束は守るはずだ。

 彼女を待っていると、何とサークルの連中が現れてしまった。ワイワイ、騒ぎながら大所帯でこちらにやってくる。俺はされらに見つからないように隠れた。彼らも11号館に入ってゆく。彼らもここで飲み会をするようだ。

 そして信じられぬものを見た。何とその中に、安河内さんがいたのである。しかも、ヒョロヒョロし、酒を飲むことしか考えていないような奴らと笑顔で話している。何ということだ。彼女が賢いというのは間違いだったのか。俺は怒りに任せその場から立ち去ろうとする。

 しかし、その時、ラインが届いた。

「つきました。お願いします」

 彼女からのラインであった。彼女は心なしか、サークルの連中から離れた場所にいて、きょろきょろと周りを見渡す。

 そうか。彼女の思惑が分かった。しかし、それはできるだろうか。そんなことをしたら、サークル内で我々の立場はいったいどうなってしまうのだろうか。

 でも、もしこのまま彼女が飲み会に参加してしまい、酔いつぶれて、あらぬことになってしまったら。賢い彼女である、そうなる可能性は限りなくゼロに近いだろう。しかしゼロではない以上は俺はどうしてもその狼狽を許してはおけない。

 俺は集団に向かって駆け出す。

「うわあああああああああああああああああ!!!!!!」
「なんだ!? 谷口!? お前どうしたんだ!?」
「天誅!」
 俺は、梅を詰める用の大きな瓶を振り回す。
「おい、やめろ! 危ないだろうが!」

 みんながひるんだすきに、俺は安河内さんの手を握る。そしてそのまま、彼女を弾いて走り出した。

「何やってるんですか。先輩」
「守るためだ。約束を」
「なんですか。かっこつけても無駄ですよ。もう、先輩サークルにいられませんよ」
「元々一人を好む身だ。サークルんぞ抜けてやるよ」
「やっぱり、先輩面白いですね。今日は先輩についていくことにしてよかったです」
「全く、よく言うぜ」

 私たち二人は、呆然とその場に立ち尽くす愚か者の群れを欺くように、大学の闇に消えていった。一人というのはいいものだが、二人というのも悪くないのかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?