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短編小説:沢中サッカー部、サッカー人生最後の試合

 いつからだろう。近所の公園で自主練習をしなくなったのは。いつからだろう。高校は違う部活をやろうって思い始めたのは。ペットボトルに入った暖かい水をかぶってそんなことを思う。後半15分に取られる熱中症対策の給水時間。もうあと15分で俺の中学時代の部活はいったん終わる。だからこうして沢中での部活を総括し始めてしまったのだろうか。

「時間ないけど、いまのおれたちならまだいける。ここから点取ってこ」

 作田はみんなに呼びかける。彼の目の熱い炎はまだ消えていない。一方俺はどうだろうか。もうすぐ終わると安心しているんじゃないだろうか。

 元々はこんな風ではなかった。むしろ、中学に入ったばかりの時はやる気に満ち溢れていた。仲のいい奴がみんなソフトテニス部に行っても、遊びでバスケをやったとき「シュート上手いしバスケ部来いよ」と言われた時もサッカー部に入るという意思は変わらなかった。

 その時に一緒にサッカー部に入ったのが作田だった。お互いやる気に満ちていたのは同じだった。しかし、作田は俺とは違ってスポーツ少年団ですでにサッカーをやっていてもう、かなりうまかった。だから、部に入ってしばらくしたら作田は部のレギュラーになったりした。すごいと思った。でもそれだけじゃなくて俺も追いつきたいと思った。それで、俺は作田に一対一とか挑むようになって、一緒に自主練をするようになっていった。

 自主練自体はかなりしたと思う。でも試合は違う。毎回俺は活躍ができない。1対1でボールを奪われてしまう。それで一気に崩されて逆転してしまう。次こそはと一生懸命頑張るが、やはり抜かれてしまう。マークが外されてしまう。それでコーチに、チームメイトに、怒られる。

 なにくそと頑張って練習はした。作田と一対一をたくさんやった。何度もボールを奪われ足り抜かれたりして悔しい思いをしてきた。それでも、俺は試合になると何度もミスをしてしまった。それで何度も怒られた。そして、3年になったころくらいだろうか。俺は試合に出ることが、いや、部活が嫌になってしまったのだ。

 生徒会副会長になった俺は生徒会があるからと部活を休みがちになる。そんな時だった。放課後の練習後、校門前で作田に呼び止められる。
「どうしたんだよ。なんで自主練やんなくなっちまったんだ」
「生徒会だよ」
 制服の俺はその場を立ち去ろうとした。だが、作田は俺の肩をつかむ。
「前のお前はそれでもやっただろうがよ。早く着替えて来いよ」
「いいだろ」
「いいわけねぇだろ! 今までのやる気はどうしたんだよ! お前そんなんじゃ」
「へたくそな俺がやる気なくしたら試合でれねぇってか」
 作田はその時何も言ってくれなかった。
 今までだったら俺はその反応に起こっていたかもしれない。実際、試合で下手と言われればとても悔しかったし、次はいいプレイをしてやろうとやけになった。それが一切なくなってしまった。それでもうわかってしまったのだ。
「オレ、中学でサッカーやめるわ」

 時は現在に戻る。中体連2回戦。相手は市内最強の竹林中。後半15分、2対0で負けている。
  
 自分ボールのスローイングから試合は再開した。しかし、早速相手にボールをキープされ、一気に前線を上げてくる。試合開始直後なら、まだみんなボールについていけていたかもしれない。しかし、もう試合は後半で2点取られた後だ。皆かなり消耗してしまっている。しかし、そこは相手も同じ、であるはずもない。市で一位のチームなのだ。相手のほうがスタミナが多い。その証拠に竹林中は前半と同じようにパスを回してくる。バイタルエリアにいる敵のトップ下にパスが通ろうとした時だった。

 作田がすごいスピードで飛び出し、相手のパスをカットした。

 正直、もうみんなあきらめていたと思う。さっきの給水時間もそんな空気だった。皆うつろな目をしていたのだ。だからこそ作田は「俺達ならまだやれる」って言ったのだと思う。いや、だからこそ作田はあんなことを言ったのではないのかもしれない。「俺たちならまだやれる」それは本心から言ったのかもしれない。だって、奴の目はギラギラと輝いている。一時もあきらめていないときの目をしている。俺が、サッカーをやめると言った時にしたあの目だ。


「そうか。サッカー部やめるのかよ」
「ああ。俺もう、サッカーは……ぶへ! 何すんだよ」
「お前がやめるのは百歩譲ってまあいい。でもなぁ! 今それを言うなよ!」

作田は思いっきり俺にサッカーボールをぶつけてくる。作田はギラギラとした目をしていた。熱くなった時の目、ふがいないプレーを俺がしたときに文句を言う時の目だ。誰がそれを言ってやがる。お前のそれのせいで、こっちはいやになってしまったんだろうが。俺も頭に血がのぼった。
「おめぇのそういうところがムカつくんだよ! クソが! 自分が偉いからってバカバカ文句言いやがって! 俺たちが付いてこれると思うなよ!」

 作田は俺をにらみつけたまま何も言わなかった。いい気味だ。俺は振り返り校門のほうに向かう。

「すまんかった!」

 その大きな声に振り返ると、作田が深々と頭を下げていた。それを見て、俺は怒りがスント小さくなってしまう。

「もう、そういうことはしねぇ。だから、部活終わるまでは付き合ってくれねぇか」
「あ、ああ。わかったよ。今日は付き合ってやるよ」
 
 俺はつい、そう返事をしてしまった。それは奴がギラギラしていた目で俺をにらんだからだろうか。


 作田が、ボールを奪った時の目。それは、あの俺が帰ろうとしたときの目と同じだった。なんだか、胸が熱くなってしまった。そしてその目は俺の目をとらえた。

 おい、わかってるな。走れ。

 目が合った瞬間、俺は走った。作田は俺に届くようにボールを蹴り飛ばす。しかし、ボールが落ちる場所には相手がすでに待ち構えている。相手は市で一番強い中学校の、ディフェンダー。この試合ずっと、ゴールキックの競り合いで相手にならなかった。しかも、俺は浮いているボールの処理がうまくない。この競り合いもまた、相手ボールになってしまう。皆そう思っただろう。

 しかし、そのボールを失うイメージはわかなかった。作田がどこにボールを出して、俺はどうトラップをして、どうシュートを決めるか、目が合った瞬間俺たちの意思が一つになったような気がしたのだ。俺はそのイメージ通り、勢いで相手のディフェンダーに競り勝った。ボールはドンピシャだった。

 そのまま、俺はゴールに向かって一直線に走る。しかし、もう一人のセンターバックが追いつき、タックルを仕掛けてきた。それにゴールキーパーも前に出てくる。もう、ここしかない! ここで撃たなけらば、ボールがとられる! 俺はシュートを打った。しかし、ボールは枠からわずかにそれて外れてしまった。


 試合終了後、俺たちの中学のベンチ。3年生は誰もしゃべらなかった。俺たちの夏は終わったのだ。皆はとぼとぼ歩く中、俺はまぶしい空を見上げて思った。
 終わったんだなぁ。

でもそれだけじゃなかった。あの瞬間、お互いの意思が伝わる瞬間。自分の思い浮かんだイメージが現実になる瞬間。あの感覚が、脳裏から離れなかった。

それから、俺たちはグランドから離れて、学校に戻り、先生とコーチの話を聞いた。でもなんだかやっぱりぼうっとしてしまってその話は入ってこなかった。ぼうっとしていたからだろうかいつの間にか俺は最後になってしまった。それで部室のカギを閉めようとする。しかし、中には作田がまだいた。

 作田は部室の中で泣いていた。

 それで俺の中の何かが外れてしまった。色々あったこと、サッカーをやめようと思ったこと、そして今日のあのワンプレー。

「今日の作田が出してくれたパス。あれ、すげー気持ちよくってさ。最高だった。でも、それからさ、すぐに追いつかれてさ。それでもっとしっかり走りこんどけばって思ったんだよ」
「え?」
「だからさ、サッカーのすげー楽しいところわかったんだよ。でもだからこそ決められなくて悔しかった。だからさ、もっとああいう楽しいって瞬間を味わいたい」
「じゃあ、お前」
「ああ、高校になってもサッカー続けることにする」

 作田は涙を拭き、笑った。その笑顔はいつも俺と一緒に遅くまで自主練をやっている時のそれにそっくりだった。

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