小説:サークルの姫

 世の中には多くのサークルが存在する。

 定番なのは運動系のサークルだろう。高校の部活とは違い、勝ち負けよりも仲間とともに汗を流すことを楽しみとし、その友情を深める。まさに薔薇色だ。

 高校の部活とは違うと言えば、文科系のサークルもまた、魅力的だ。文科系と言えば競技性が低いことから高校の時はあまり日の目を浴びないが、自由度や楽しみが優先されるサークルでは、天体観測やよさこいなどの文科系のサークルも運動系と双璧をなす薔薇園となっている。

 それに加え、アルバイト代を湯水のごとく使い、海に潜ったり山に出かけたりと忙しく動き回るサークルなんかも存在する。それも色は違うがすべて大学生活を彩るきれいな薔薇である。

 薔薇色のキャンパスライフにはサークルが不可欠である。しかし、だからと言ってその逆、すなわち、サークルにさえ入っていれば薔薇色のキャンパスライフを送れるのかと上羽それは事実ではない。そう、世の中には多くのサークルが存在するのだ。それは薔薇色の物だけではない。何かうねうねとしたよくわからないものも存在するのだ。

 私は、いつの間にかそのうねうねとしたよくわからないものの一員となってしまった。しかし、それに対して私は後悔をしていない。むしろ誇りすら持っているほどである。そうでなければこのサークルには入るまい。私が所属するサークルの名前は食堂紙はじき同好会。モットーは薔薇園に繁る雑草だ。

 我々は昼休みの混雑する食堂で堂々とトレーディングカードを広げ騒がしく遊ぶサークルである。

 普通の大学生ならそんな迷惑なサークルを作るなとか、そんな痛々しいことをするなとかそのように思うだろう。まことに誉め言葉である。しかし、考えてみてほしいのだ。サークルは高校の時とは違って楽しく運動や文科系の物を楽しもうねというスタンスで存在するのである。そして我々は、高校時代いわゆるクラスの中心、いや、ほとんどから蔑みの目で見られ、教師に娯楽を没収されてきた存在なのである。

 すなわち、高校時代の部活や順位をつけることへの否定からサークル活動が生まれたものであるならば、学校そのものから疎まれていた私たちも存在してもいい、むしろ存在を認めるべきということになるのだ。いいとこどりだけを行ってはいけない。いいとこどりをし、切り捨てられた者は復讐を決して忘れない。

 今日も今日とて、排他的で鋭いとげを持つ薔薇たちに中指を立ててやるために、3限目から食堂に集まる。我々は必ず席をとれるように3限は空きコマにしている。俺は中央近くの長いテーブルに座り、デッキケースとプレイマットを広げる。目の前でも眼鏡をかけた男が俺と同じようにデッキケースとプレイマットを取り出し、カードゲームを行う準備を始めた。

 目の前の男の名は長澤。実に硬派で、理論的な紳士だ。もちろん童貞を大事に守る立派な男児だ。

「それにしても、ほかのみんなは?」

 私の目の前に置かれた長澤のデッキをシャッフルしながら彼に尋ねる。相手のデッキをシャッフルするのは不正を防ぐためである。

「曾我部さんがカード買いに行くのについていったんだと」

 お前も来ただろ、と長澤はシャッフルする手を止めて、俺の机の上にあるスマホを指さす。最近サークルのグループラインは騒がしいので通知が来ないように設定しておいたのだ。グループの未読件数を見て顔をしかめ、そのラインの内容を見てまた顔をしかめる。

「新しいデッキ組みたいので、誰か一緒にカドショいこ」

 デフォルメされたポケモンアイコンをした彼女がそう言うと、その下に、「新デッキを作るならあのデッキが楽しくて……」「イヤ、このデッキは安く組めるし……」「強いデッキはこれで……」と美少女の絵のアイコンが画面内に収まらない返答、いやプレゼンを返す。さらに嫌なことに彼らは自分が使っているデッキをオススメしていた。

「この中で一番カード詳しいのは、お前なのにな」

 少し、顔をしかめて長澤は自分の山札から5枚カードを引いた。グループの通知をこっそりオンに戻した後、俺もカードを引いた。

「休みに言ってくれればいいのにな。俺ずっとカドショいるし」

「お前まさか、狙ってんのか?」

 長澤はぎろりと俺をにらむ。それでとっさに「違う」と口から答えが出た。

「そうだよな。じゃあ俺のターン」

 長澤はマイナーなカードを場に出した。それを見た瞬間彼女たちのことは頭からきれいさっぱり岸飛んでしまった。あるのは、これから面白いことが始まるぞという興奮のみだった。

 この世で長澤のデッキを動かせるのは長澤しかいない。彼は自分で一からデッキを作るのだ。長澤のデッキは独創的な動きを見せ、予想もしないカードを盤面に出す。その彼のデッキの芸術性の高さを見ると、つい心が燃える。そして、熱いカードが飛び出したり、奇想天外なコンボが決まるたびに、俺たちはその心の熱を開放するのだ。そして、今日も彼はきっちり決めてくれた。それを見て俺は興奮の声を上げる。

 それで周りの大学生は俺たちを軽蔑の目で見る。しかし、そんなことはどうでもよいのだ。彼らは、この世で一つしかない芸術品をしょっちゅう見るなんてことはあるのだろうか? そして、それが目の前で繰り広げられることに対して興奮を覚えたことはあるか? ないだろう。我々は彼らが知らぬ興奮を体感し、彼らが知らぬ芸術を作り出している。

 本来お互いに体感することはない喜びに優劣の差はないはずである。しかし、彼らは優劣の差をつけずにはいられない。自分が持つ「メジャー」という地位に醜く執着しているのだ。そして、それに阿呆というのが俺達であり、そして彼らのアンチテーゼを行うことこそが俺が大学で行うべき使命だと分かっているんだ。

勝負がつくと、かなり学食は混んできていて、俺たちの近くにも人が座り始めていた。

「遅いなあいつら」

 長澤がスマホを見る。その時通知が来た。

「ごめん! カード選ぶの長くなっちゃって、そっちにはいけない(´;ω;`)」

曾我部さんのラインに長澤が吠える。

「だから、女なんて俺たちのサークルに入れるべきじゃなかったんだ!」

 彼の意見は極めて正しい。俺は俺の使命をしっかりわかっている。それに薔薇色のキャンパスライフには腐臭が伴うことも。しかし、それでも俺はなぜか長澤の叫びに対して首を縦に振ることができなかった。

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