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神崎翼の創作小説

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投稿した創作小説をまとめてます。短編多め。同名義で「pixiv/小説家になろう/アルファポリス」にも投稿しています。
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記事一覧

二十代・羽化継続|短編小説

二十代・羽化継続|短編小説

 明日と今日に境目などない。30と29の間にも。あるとしたら世間にだろう。けれど某文豪曰く、世間とは個人のことらしい。凪いだ焦燥感が胸に居座る。私は、私の境目を超えられるだろうか。

 心のさざ波を子守唄に、時計の針はなめらかに夜を超える。代わり映えのない昨日と今日。とっくに失くしたはずのモラトリアムの欠片を、私は未だ手放せずにいる。

*********
誕生日に思うこと。

この作品は[pix

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きのこたけのこ時々アルフォート|短編小説

きのこたけのこ時々アルフォート|短編小説

 きのこたけのこ時々アルフォート。いわゆる戦争の話である。プレッツェルと答えたあなたもその一員。
 無論優劣をつけるのが目的ではない。どちらが美味しいかを議論するのを楽しむ、ある意味宣伝の一つである。人間というのはたくさんいれば自然と争いを生むものだから、争う熱をお菓子を焼き上げる熱に変えたほうがよほど生産的で、価値があり、喜ばしい。
 喜ばしい。
 喜ばしい。
 おいしい。
 やさしい。
 たの

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疫病神の傍らで|短編小説

疫病神の傍らで|短編小説

 拾った吾子は、どうやら近辺の村から口減らしのために追い出されたそうだ。「なるほどなるほど」と頷いて聞いてやる。吾子はまだ布団の中だ。大雪の中にろくすっぽ寒さを遮ることのない薄着で放り出されたものだから、全身がしもやけのようになっているのだ。囲炉裏に火を入れ布団にくるみ、雪を溶かしてお湯も作ってやる。古く小さいが、その分隙間風は少ない家だ。じきに温まるだろう。ああ、全身が真っ赤になって可哀想に。

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精肉工場|短編小説

精肉工場|短編小説

※グロ描写注意

 いつも買い物に来ていた、普通のスーパーだった。顔なじみになった灰色交じりの髪をした品出しのおじさんがいて、いつも優しい顔で今日の割引商品を教えてくれた。顔だけ知っているおじさんもいた。精肉コーナーの窓ガラス越しに見える作業所で、眼鏡をかけていつも挽肉を作っていた人。レジ打ちのお兄さんは一方的に名前を知っていた。名札に書いてあった、田中さん。女性が多いパートの人々の中で男の人、特

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ばけのかわ|短編小説

ばけのかわ|短編小説

 諸君は、「化けの皮が剝がれる」という言葉を知っているだろうか。
「隠していた素性や物事の真相がばれてしまうこと」という意味の言葉だ。この場合の「化けの皮」は化けるために被ったものを指す。つまり狼が羊に化けるなら羊の皮、大人しい人間に化けるなら猫、といった具合だ。実際に被るのか、比喩表現としてなのかは問わず、化けるときには何かを被る、という認識が、おそらくこの言葉を生んだ。
 ところで、おばけは知

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いつか必ず死ぬ私へ|短編小説

いつか必ず死ぬ私へ|短編小説

物騒な見出しだけれど、可視化することに意味があると思ったのでこう書きました。
いつか必ず死ぬ私へ。
そのことを今日も覚えているでしょうか。

幼稚園に入園していたかもわからない程昔、何かの拍子に意識した『死』が怖くて怖くてどうしようもなくて、夜中に起きだして母に慰めてもらっていたことがありましたね。成人をとっくに過ぎて、もう泣くことはなくなりました。
ですけど、実は今も、『死』について意識すると怖

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夜八時、おばけだぞー|短編小説

夜八時、おばけだぞー|短編小説

 我が家では夜の八時ごろ、おばけが現れる。まるで絵本から抜け出してきたような、白くて足の見えない、お手本のようなおばけだ。今日もまた夜の八時ごろ、私がキッチンで残った家事をこなしているとき。キッチン横の廊下の奥から、ずるずると引きずるような音と共に現れた。
「おばけさん、こんばんは」
 音に気付いて私がキッチンに立ったまま声を掛けると、おばけは「こんばんはぁ」と私の目線よりも大分低い位置から挨拶を

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夢見る人は輝かしい|短編小説

夢見る人は輝かしい|短編小説

 ただ目の前で時間が過ぎるのを待つだけになっている自分に気付く。どうにかしなければ、とその度思うけれど、時間が過ぎればいつの間にか忘れて、そうしてまた思い出す。そのたびに削れる自己肯定感を見てみぬふりして、そのくせ正当化する作業ばかりがうまくなっていくのだから、こうして身勝手な人間が出来ていくのだというお手本のような日々だった。

 とても仲の良い友達がいた。友達には夢があって、そのために努力をし

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私の女の子|短編小説

私の女の子|短編小説

 ベランダから、まるで踊るように落ちていく女の子の幻覚をよく目にする。
 何の変哲もないマンション九階の一室。ふとベランダに続く窓を見ると、その向こう、手すり壁の上で、ひらひらとスカートをひらめかせて、危なげなく楽し気に女の子が踊っている。くるくるくるくる。洋館に住むお嬢様のような、シックで上品で、丈の長いスカート。女の子の顔は見えない。スカートと同じように舞う女の子の長い黒髪が、流されるまま不思

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墓場の都会|短編小説

墓場の都会|短編小説

 無機質なビルディングが立ち並ぶ都会は、大きなミニチュアのような感覚がした。あるべきところにあるべきものを配置し、葉のひとひらすら整えられている。空を映したビルの窓が空そのものように青く光り、肝心の空は灰色のビルの合間を人工の川のように窮屈そうに流れている。既視感を感じて、ふと私は意識を巡らせた。
「ああ、そうか」
 思い当たるものが一つだけあった。墓場だ。綺麗に等間隔に並べられた墓石の合間を人が

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はじめての味|短編小説

はじめての味|短編小説

 食事には厳しい家だった。
 礼儀作法は一般家庭レベルだったと思う。だけど、何を食べるか、何を飲むか、いつ食べるか、どう食べるか、そういうことにとにかく厳しい家だったのだ。
 健康への執着が激しい母は、あらゆる健康食品を食卓に並べ、本棚に健康食の特集が載った雑誌を詰め込むことを至上としている人だった。それとは真逆に食事に頓着のない父は出張続きなこともあり、食卓につくだけでご飯が出て来る環境を尊び、

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木彫りのゴリラ|短編小説

木彫りのゴリラ|短編小説

 ここに2つのゴリラがある。2匹ではなく2つと表現する辺りで、日本では主に動物園に生息しているあのゴリラではないことは察してほしい。木彫りの置物だ。
 木彫りの熊ならまだしも、ゴリラである。謎にリアルタッチの木彫りの置物。夜中にリビングに置いてあったら条件反射でビビってしまう。泥棒避けにはいいかもしれないが、ごく一般家庭のインテリアにするには迫力がありすぎる。しかもサイズがデカい。高さにしておよそ

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怪談・笑うピアノ|短編小説

怪談・笑うピアノ|短編小説

 青鳥学園には、「笑うピアノ」という七不思議が存在する。
 筋はこうだ。昔の青鳥学園にエミコという女子学生が在籍していた。とても気質の良い明るい子で、先生に急な頼まれごとを任されても、テストで悪い点をとっても、エミコはいつも笑っていたらしい。そんなエミコは学年では大層な人気者だった。
 しかし、それをよく思わない生徒がいた。その生徒はいつも笑っていたエミコをどうにかして悲しませようとあれこれ手を回

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無意識ボーイズ|短編小説

無意識ボーイズ|短編小説

 これは私がファミレスで目撃した男子二人の話である。

 そのときの私は来週学校で行われる期末テストのためにファミレスで問題集に対して孤独な戦いを挑んでいた。お供はフリードリンクと山盛りポテトのみ。共に戦う予定だった友達は急遽バイトが入ったらしい。あの子テスト大丈夫なんだろうか。
 それはさておき。私が悠々と座っている四人掛け用の席から通路を挟んで反対側。同じく四人掛けの席で二人の男子高校生がいた

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