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いつか必ず死ぬ私へ|短編小説

物騒な見出しだけれど、可視化することに意味があると思ったのでこう書きました。
いつか必ず死ぬ私へ。
そのことを今日も覚えているでしょうか。

幼稚園に入園していたかもわからない程昔、何かの拍子に意識した『死』が怖くて怖くてどうしようもなくて、夜中に起きだして母に慰めてもらっていたことがありましたね。成人をとっくに過ぎて、もう泣くことはなくなりました。
ですけど、実は今も、『死』について意識すると怖くて怖くて仕方ありません。全部が真っ黒になって、手も足も口も何もかもなくなって、意識もなくなって、そのまま私が無に還る、そんな途方もない、体が冷たくなる感覚を覚えるのです。
その恐怖から逃げ出したくてたまらない。
ですが、私はいつか死にます。

灯りを消した部屋の暗闇に手を翳して、それが私の思う通りに動くことが不思議で仕方なくなるときがあります。“私”という意識が、所詮血と肉と骨の塊でしかない肉袋の中に存在していて、それを意のままに操っているのです。不思議です。奇跡的です。
ですが、私はいつか必ず死にます。

社会に出る前は、自殺者の気持ちがわかりませんでした。私が幸せに生きて来られた証拠でもあるでしょう。ですがそれ以上に、私は死ぬことが恐ろしくて恐ろしくて仕方がなかったのです。
考えること、今存在している“私”が永遠に失われること、それが恐ろしくてたまらない。
ですが、私はいつか必ず死にます。

いつか必ず死ぬ私へ。
一秒後かもしれない、百年後かもしれない。
それでも必ず死ぬことだけは決まっている人生を、今どう生きていますか。

好きな本を読んでいますか。
食べてみたかった蜂蜜チーズには挑戦しましたか。
書きたかった物語は書けましたか。
上映中の映画を見逃していませんか。
親孝行はしましたか。
私がいつか必ず死ぬように、周りの人間も死ぬことを覚えていますか。
私より先に失われる人がいることを、本当に理解していますか。

心と体を無為に削るだけの場所にしがみついていませんか。やりたくもない仕事を延々していませんか。
それはいつか必ず死ぬあなたが、どうしてもやらなければならないことですか。
死ぬ恐怖に上回る虚無感や絶望を覚えるような日々を送っていませんか。
『死』を希望にしていませんか。
駅のホームで、遮断機の下りた踏切の前で、ビルの屋上で、その先にある終わりを夢見ていませんか。
いつか必ず死ぬことに怯えていた、小さな私を覚えていますか。

そのすべてが、『死』と同時に“無”になることを理解していますか。

死んだ後も、死んでいない人々がいれば世界は回ります。
ですが死んだ“私”はそこで御仕舞です。
いつか必ず死ぬ私は、そのことを本当に理解していますか。

今死んでもいいですか。
後悔しませんか。
今死ぬかもしれないことを理解していますか。

予期せぬ事故で死ぬ人はたくさんいます。
最近は地震のニュースも多いですね。
新しい病気も猛威を振るって、未曽有の大災害が来ています。
そして事故も災害も関係なく、死ぬときは死にます。
もし今死んで、それでも、頑張ってこれたと胸を張れますか。

残せるものはありましたか。
残したいものはありますか。
泣いてくれる人はいますか。
泣いてほしくない人はいますか。

前に大切な人が亡くなりましたね。
病気で死ぬことを理解しても、私に笑って見せました。
同じことができますか。
日々を静かに過ごすことしか出来なくなっても、それを受け入れられますか。
いつか必ず死ぬことを、本当に、本当に理解していますか。

この文章を打っている指先も、中身を考える脳みそも、私です。
いつか必ず死ぬ私です。
死なない人間はいません。当然です。
何をしていても、私はいつか死にます。

今の私は何をしていますか。
いつか必ず死ぬことを覚えていますか。
本当に覚えていますか。

責め立てるようなことばかり書いてごめんなさい。
でも、私はよく忘れるので、たくさんたくさん書きました。

いつか必ず死ぬ私へ。
私たちには必ず終わりが来ます。
介護施設には長く生き過ぎて「はやくしにたい」となげくご老人がたくさんいます。
いじめや過労に苦しんで自殺する人がいます。
何も成し遂げられていない手の平で、簡単につかめるほどの距離に『死』はあります。
決して消えることはありません。
ですが生きている限り、心臓が鼓動を打つ限り、生きなければなりません。
生きている間は、生きなければなりません。

どれだけ立派に生きても、どれだけ汚濁にまみれても、死ぬときは死にます。
死にたくないと泣いても死にます。
死なない人間はどこにもいません。

いつか必ず死ぬ私へ。
そのことを覚えていてください。

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手直し前初出 ツイッター/20200313
この作品は(pixiv/小説家になろう/アルファポリス/カクヨム)にも掲載しています。

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